第58話 悪事
この事件の前後あたりから
ホザミのママは目鳥町の「エル美容室」だけではなく
馬山市のパルスホテルへ行ったりするようになっていた。
このホテルはスタンダードなもので
ラブホテルではないのだが、
誰かが待っているような、
何かを期待しているような、
こちらに伝わってくるものが
いつもと違う感じを受けた。
男だな。私は直感した。
ママは以前のように突っ張った雰囲気が
あまりなくなってきたように感じられる。
女は男で変わるとかいうようだが、
そういうこともあるのだろう。
それからしばらく経って
またユーランドの無線が私にまわって来た。
ユーランドの玄関に車を横づけして待っていると、
いつもの山橋が出て来たが、
そのうしろにホザミのママがいた。
「あれ、なんで一緒なんだろう。」
一瞬思考が停止したように感じたが、
「ああ、この山橋がママの男だったのか。」
次の瞬間すべてがつながった。
「ママはどうやっても
素性のよくない男にしか縁がないんだな。」
私はドアを開けながら少し寂しい気がした。
山橋は車に乗り込むと
浅山駅近くの自分のアパートへ行くように指示した。
二人はうしろで話しをしている。
ママはしおらしく猫をかぶって
山橋の話に相づちを打っている。
「おら、何やってんだ。いま曲がるんだよ。
もたもたしてんじゃねえよ。」
ドスのきいた声で唸っていたのはどこへ行ったのだろう。
あまりの変わりように、
あいた口がふさがらない思いだったが、
あれはもしかすると
欲求不満のヒステリーだったのだろうか。
だとすると
この男がその欲求を満たしているということになるのだ。
浅山駅近くのアパートに到着して
山橋が料金を支払った。
二人が部屋へ入って行くのを見送ってドアを閉めた。
私は箱山駅の北口をメインに仕事していたのだが、
その頃を境に、
気が変わって南口に着けるようになった。
地方のタクシーの場合、
駅の北口と南口では
客層や仕事の内容がだいぶ違ってくる。
南口に着けることになったことで、
ホザミのママや山橋の仕事を取る機会がなくなった。
そして仕事にまぎれ、
たまにどうしてるかなと思い出す程度になっていたが、
そんなあるとき、
たまたま北口方面へ行く仕事があった。
陸橋を越えて
国道から少し入ったスナックホザミの前でお客を降ろした。
車をUターンさせて店を見ると、
まるでひと気が感じられない。
二階が住まいになっているのだから
店は閉まっていてもママはいるはずなのだ。
「誰も住んでいないのかな。」
独り言をいいながら
ドアの格子に模様の入ったガラス越しに
中を覗こうしたがよく見えなかった。
駅のタクシープールで
暇な時間に車を降りて
仲間と話をしていたときホザミの店の話題が出た。
「ホザミのママはあの店にはいないよ。」
他社の三角タクシーの阿東が言った。
阿東は元うちの会社の社員だったのだが、
会社とのいざこざに
ヤクザの街宣車を会社の前につけさせたメンバーの一員だった。
「坂町の山中一家の幹部石地さんから金を借りて踏み倒したんだ。
山中一家が取り立てに来たけどいなかった。
無尽に失敗して夜逃げしたらしい。
今、山中一家が血眼で捜しているよ。」
阿東は情報をどこから得たのかわからないが、
よく知っているなと思った。
そのときは無尽というのが
どういうものなのかわからなかったのだが、
後日、仲間の黄島が現役で無尽をやっていることがわかった。
そこで無尽で失敗するというのはどういうことなのか聞いてみた。
「無尽で失敗することは考えられないよ。
グループの誰かが途中で抜けるにしても
損失はたいしたことはないし。
ホザミのママが金集めておいて持ち逃げしたんじゃないかな。」
ということだった。
そこで無尽の仕組みを教えてもらうことにした。
「無尽というのは頼母子講ともいうんだけど、
まずメンバーを集めて親を決める。
そして例えば仮に十人のメンバーが集まったとする。
そしたら一口いくらにするということを決めて皆で出しあう。
例えば一口一万円なら
十人で十万円になるわけだ。
それから、その月にまとまったお金が必要な人達が
金額を書いて箱に入れるか、
金額が見えないようにして競りにかける。
その中で一番低い金額を書いた人が
その月にお金を受け取る権利を得るということになる。
一度競り落とした人は
それ以後競りに参加することは出来ない。
毎月一万円づつ出すだけになる。
次の月は九人で競る、その次の月は八人で競る、ということで、
この場合十人だから十ヶ月間がワンセットになる。
だから最後の十ヶ月目は最後に残った一人が
競りの権利を持っているので、
全額受け取ることになる。
そのさい、集めた金は親が責任を持って管理するということになる。」
と教えてくれた。
それからすると無尽で失敗するというのは
考えられないというのはわかる。
やはり持ち逃げか。
親になって一口分の金額を高く設定すれば
かなりの金額を集めることが出来るはずだ。
この時期まとまった金が必要だったのかも知れない。
自衛隊に勤めていたアルコール中毒の世水というお客が
定年退職するまで毎日のように帰って来ると
駅からユーランドへ乗って行ったが、
そこでママか山橋と知り合ったのだろう。
賭け麻雀に誘われて
ママと山橋に退職金を巻き上げられてしまったということも聞いた。
ママと山橋はどうなったのだろう。
無理やり作った当座の金で
どこか知らない土地へ雲隠れしたのだろうか。