第57話 ユーランド
夜もふけたころ、
無線で温泉「ユーランド」の無線が出た。
数ヶ月前から
突然ユーランドへ迎えに行くようになった
山橋という客だ。
週に二、三回のペースで電話が来る。
遊び人風で何の仕事をしているのかわからない
得体の知れない雰囲気を感じさせる人物だ。
そこから浅山駅近くのアパートまで行く。
ユーランドの正面玄関に車を着けた。
強化ガラスのドアから
フロントの従業員と山橋が話しをしているのが見える。
しばらく待っていると
山橋がこちらに歩いて来た。
心なしか、いつものふてぶてしい雰囲気はなく、
萎れて元気がないようにも感じられた。
「まったく困ったことになっちゃったよ。」
山橋は乗って来るなり言った。
「何かあったんですか。」
何に困っているのだろう。
私は興味を惹かれて聞いた。
「ここには泥棒がいるんだ。」
「えー、泥棒ですか。」
「そうなんだ。金取られちゃったんだよ。だからいま金ないんだ。」
「えー、金ないんですか。」
「いや、タクシー代はユーランドの支配人に借りて来たから大丈夫だよ。」
山橋は無賃乗車ではないことを強調するように言った。
「警察には連絡したんですか。」
「うん、連絡したらすぐ来たよ。」
「でも誰が取ったんだかわかるんですかね。
一人づつ持ち物を調べなければならないんですから。」
犯人がしらばっくれていれば
見つけるのは難しいのではないか、
それとも逃げちゃったのかなと思いながら言った。
「いや、ロッカー室に防犯カメラがついていたんだ。
それを警察が調べたら盗んでるところがハッキリ写っていた。
それで捜索したら犯人はまだ中にいたんだ。」
「えっ、いたんですか。間抜けですね。
ふつう金取ったらすぐ逃げるでしょうけどね。」
「そうなんだ。だからすぐ捕まった。」
「よかったですね。
犯人が逃げて金使っちゃったら戻って来なかったとこですよ。」
私も他人事ながらホッとした気持ちになった。
「ところがよくないんだ。
金は証拠品として警察が持って行っちゃって、
返してくれないんだ。
俺の金なのにさ。どうなってるんだ。
何ヶ月も経たないと返してくれないらしい。
今月の生活費全額だよ。
ユーランドの金も払えないしタクシー代もないから、
ユーランドの代金は後払いにしてもらって、
家に帰れないからタクシー代を貸してもらったんだ。」
山橋は困り果てた様子で言った。
「それは大変だったですね。
証拠品だと、その場で返してくれないんですか。
知らなかったですね。
全額持ち歩いていると、そういうとき困っちゃいますね。」
慰めるつもりで言ってはみたが、
たぶん慰めにはなっていないだろう。
生活費はどうするのだろう。
貯金はあるのだろうか。
遊び人では貯金していないかも知れないなと
少し心配になったが、
ふと、カギは身につけていたはずだから、
どうして盗まれたのだろうと疑問が湧いた。
「でもカギはどうやって開けたんでしょうね。
針金か何か使ったんですか。」
「いや、カギで開けたんだ。」
「カギは身につけていなかったんですか。」
「そうなんだ。
俺はサウナが好きだから。サウナに何回も入って、
そのあと仮眠室でロッカーのカギを枕元に置いて寝てたんだ。
喉が乾いてビールでも飲もうと
ロッカー室へ行って財布を出してみたら金がない。
確実入れたはずなのに入っていない。
やられたと思ったよ。
俺が寝ているあいだに
枕元のカギでロッカーを開けて
財布の中身を抜き取って、
カギをまた枕元に置いといたんだ。」
「うわぁ、うかうか出来ないですね。
防犯カメラがなかったら犯人は見つからなかったですね。」
やはりカギは腕につけておかなければ
ちょっとした隙に盗まれるものだなとあらためて思った。