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第53話 東西歯科

早朝の無線で東西歯科が出た。



まだ開業してあまり経っていない歯医者だ。



七時頃だった。



こんなに早い時間に



歯医者からどこへ行くのだろう。



早朝の歯医者の無線は



今まであまり出たことがない。



誰が乗るのだろうと思いながら、



駅から線路際の狭い側道を通り、



途中でもういちだん細い道を左に入ると



その歯科はあった。



そこに歯科医院があるとは



なかなか気づけないほど目立たない。



道路に出て待っていたのは



その歯科の先生だった。



でっぷり太って、



頭頂から生え際あたりの髪の毛の頭皮が



一部透けている。



相撲取りのように太った歯科医というのは



あまり見たことがない。



「ブックアサの駐車場へ行って下さい。」



先生が巨体を縮めるように乗り込んで言った。



ブックアサは本の買い取り販売をしているところだが、



この時間じゃまだ開いていないはずだが、



その近くに用事でもあるのかなと思いながら走り出した。



何かブスッとしていて



無愛想な印象を受けたが、



寝起きに不機嫌な人もいるのでそのせいかと、



こちらも刺激しないように



無言で車を走らせた。



その道が突き当たり



右折して踏切を越えてすぐ左折した。



そこには家電関係の大企業の敷地が広がっている。



出勤時間の前で交通量は少ない。



先生は相変わらず



不機嫌そうな雰囲気をかもして乗っている。



そこの敷地の終わったところに



跨線橋が通っていて、



右折して行くと、



その側道から広い県道へ出る。



不機嫌な客が乗っていると



いつからまれるかと緊張して気分がよくない。



どうしてもこういう仕事は



早く済ませて解放されたいと思ってしまう。



県道を行くと



その先が国道との十字路になる。



それを左折してしばらく行くと



ブックアサが右側にある。



さすがに国道は交通量が多い。



ブックアサの駐車場に入るには



道路を横切るように右折しなければならない。



中央のゼブラゾーンに入って



対向車が途切れるのを待っていた。



しばらくすると



年配の女性が運転している軽乗用車が



車間を取って走って来た。



ここで曲がろうかと思ったのだが、



しかし中途半端な空きだから



危険を感じて次に空きが出来るのを待つことにした。



「早く行くんだよ。



モタモタするんじゃねえ。ばか野郎。



何やってんだ。」



突然、ドスのきいた低く唸るような声が



後ろから聞こえた。



えっ、何か言った?



何ごと?



思わず硬直した。



後ろにいるのは歯医者の先生なんじゃないのかい?



それともヤクザかい?



一瞬、思いもよらない言葉に



パニクった思いが頭を駆け巡った。



このひとはいったい何なんだ。



時間がやたら長く感じる。



ジリジリした想いで待っていると、



やっとのことで車間が空いた。



やっと曲がれる。



ホッと胸を撫で下ろす気分で



ブックアサの駐車場に車を止めた。



「ちょっとここで待っていて下さい。すぐ来ますから。」



先ほどのドスのきいたあの声はどうしたのだろう。



蚊の鳴くような声で遠慮がちに言うと



後ろの方へ歩いて行った。



二重人格かと私はいぶかった。



この近所の知り合いの家にでも行っているのかと思いながら



待っていたがなかなか戻って来ない。



でも考えてみたら



後ろに家はなかったはずだが



おかしなと思いもした。



すぐと言っていたのに、



すぐじゃないじゃないかと



不満に感じたりしながら待っていた。



だいぶ時間が経った気がしたころ



ようやく先生が戻って来た。



何をしていたのだろう。



「またさっきのところに戻って下さい。」



蚊の鳴くような遠慮がちに言った。



後ろに何があったんだっけ、



私は好奇心が湧いて



駐車場を出て左方向へ曲がりながら、



チラッとブックアサのうしろを覗いて見た。



そこには数社のサラリーローンのATMが



ズラリと林立していた。



あれっ、サラリーローンで金を借りてきたのか。



意外に思った。



歯医者がまさかのサラリーローンかな。



こんなところで借りるとは



よほど金に困っているのだろうか。



そういえば患者が入っているのを



見たことがないしな。



またこの二重人格では患者も寄り付かないのだろう。



私は無理もないなと思いながら、



戻る途中の踏切を右折して渡ろうとした。



たまたま電車が通過したあとで



踏切に車が続いていてなかなか曲がることが出来なかった。



「なにモタモタしてるんだ。早くしろ。サッサと行くんだよ。」



またも低くドスのきいた声が後ろから聞こえて来た。



やっぱりおかしい。



二重人格だ。



これじゃ患者は寄り付かないな。



私は気分を悪くしながら確信した。



歯科医院の前に到着して、



やれやれと思いながら、



一万円札をローン会社の封筒から



なかなか取り出せないでいる太い指を見ていて、



これじゃあダメかも知れないと、



この先生の技術の程度を感じた。



後日、仲間と話しているとき、広多が



「その歯医者から泣きながら出て来たお婆さんを乗せたよ。



乗って来るなり、



ここの歯医者にいいほうの歯抜かれちゃったんだ。



こんなひどいとこはない。



どこか他にいい歯医者ないかね。



痛くてしょうがないって言ってたから



中山歯科に連れて行ったんだ。



しばらくして、またこのお婆さんを乗せたら、



いい歯科を紹介してもらって助かったよ。



ありがとうございました。



すっかりよくなったよ。と感謝されちゃった。」



と話していた。



あの先生の不器用そうな太い指では



口の中に差し入れると何も見えなくなってしまうのだろう。



だから他の歯を抜いてしまうのは



仕方ないのかも知れない。



しかし聞いてみると、



この歯医者の犠牲者は他にもいた。



タクシーの運転手に



「いい歯医者ないですか。」



とたずねて連れて行ってもらった自衛隊の若い隊員は



「ひどいです。



治療するはずの隣の健康な歯に穴を開けられちゃいました。」



紹介した運転手は出来立てのその歯医者に



わけもわからず連れて行ってしまったのだろう。



おとなしそうだが切れ安く粗雑な二重人格で



太く不器用な指では



迂闊うかつにお客を連れて行くことは



出来ないということだろう。



この先生に似た変な客というのは



結構いるのかも知れない。



以前ホザミというスナックがあった。

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