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第52話 大川署

「えっ、私が行くんですか。」



何で自分で行かないんだろう。



私は困惑して聞き返した。



「ちょっと行って来てくれ。



出て来るかどうか。



出て来なくてもかまわないから



チャイムを押して



中へ声をかけてみてくれ。」



小明が言った。



たぶん



小明以外の人が訪ねて来たのであれば



出て来る可能性があるのではないかと



読んだのだろう。



仕方なく私は車を降りて



玄関のチャイムを押した。



「ごめん下さい。」



隣近所に気兼ねしながら声をかけた。



家の奥でチャイムが鳴っている。



耳をそばだてて



玄関の奥の様子をうかがったが



人の動く気配は感じられなかった。



もう一度チャイムを押して声をかけた。



やはり同じだった。



私はあきらめて車に戻って来た。



「誰も出て来ませんよ。



人の気配がないんですが。」



「いや、居るんだ。



恐いから中で息を潜めて隠れているんだよ。



私が行って来るからいいよ。」



小明が車を降りて



玄関のチャイムを鳴らした。



そして



ドアの脇にある郵便受けの金属板を



押し開けて中へ声をかけた。



「小明です。居るのはわかっています。



お世話になりました。



鍵と社員証を



郵便受けから中へ入れておきます。



これから大川警察へ



内部告発しに行きます。



それではこれで失礼します。」



小明はそれだけ言うと車に戻って来た。



「これでいい。



ここから大川警察署へ行ってくれ。



私が行くのを待ってくれているんだ。」



小明が言った。



内部告発される社長は



今頃戦々恐々だろうなと



気の毒に思いながら車を発進させた。



なんといっても



小明じゃ相手が悪い。



こんな風になるとは



思ってもみなかっただろうに。



内部告発などという



大げさなことではなく、



他に方法もあったのではないのかと思いもしたが、



小明にとってみれば



腹いせの報復なのだから



穏便になどということは



毛ほども頭の中にはないのだろう。



大川警察まではそれほどの距離ではないために、



小明の話しを



逆らわないように聞きながら



走っているうちに



大川署の近くまで来ていた。



「あ、小明です。お世話になります。



すぐ近くまで来ていますので、



あと数分でうかがえると思います。



はい。そうですか。



はい。よろしくお願いいたします。」



小明が携帯電話で



あと数分で到着するむねの連絡を入れた。



「待っていてくれるそうだ。」



もう夜も十時を回っている。



こんな時間まで待っててくれたのか。



警官も大変だと思った。



そうこうしているうちに



大川署の敷地へ入った。



こっちはメーターを入れないで



回送のまま走っているので、



それを不正行為として



とがめられでもしたらと恐れて



玄関からだいぶ離して車を止めた。



中からタクシーが入って来たのがわかったのだろう。



警官三人と婦人警官一人が玄関に出て来て



両脇に整列した。



そして全員がうやうやしく頭を下げると



小明を迎え入れた。



「おいおい何なんだ。



なんか丁寧な扱いじゃんかよ。



どうなってんだ。



やはり桜田門から手を回されると



こんなに扱いが違うのか。」



まるで小明が偉い人のような感じに見えた。



署内は小明達がいるところを除いて



電気が消えている。



小明がいるところは



ちょうどガラス張りになっていて



外からまる見えになっていた。



テーブルを真ん中にして



五人が椅子に座って話をしている。



小明が言っていることを



四人の警官が真剣に聞いて



相づちを打っている。



何だかいい加減な内部告発を



真剣に聞いているところを見ると、



あの社長のところへ警察が踏み込むのだろうか。



でもこのくらいのことでは



警察のほうも



大げさにしたくはないのではないかとも思った。



たぶん桜田門から連絡が来たので、



一応丁寧に話しを聞いておこうかとでも



いったところなのではないのか。



しかし話しが長い。



いつまで経っても終わらない。



小明の話しはくどくて長いのだ。



一時間は優に過ぎて



やっと椅子から立ち上がった。



そしてまた



警官が丁重に玄関に送りに出て来て整列した。



そこを小明が悠然とあとにして



タクシーに乗り込んだ。



玄関を見ると



警官全員が深々と頭を下げていた。



それを横目でみながら車を出した。



半信半疑だった桜田門の話は本当だったんだ。



私は認めざるをえなかった。



「警察が動くそうです。」



小明が言った。



しかし警察としては小さい事件なのだから



迷惑だろうなと思った。



桜田門からの話だから



一応形だけでも取り調べることになるのだろう。



私は小明から運賃の一万円を受け取って、



タクシーのメーターを賃走に入れた。



せめて一万円分のメーターを



入れなければならないのだ。



「私は森居の山の中に



NPO法人の矯正施設を作ろうと



思っているんですがね。」



小明が言った。



「矯正施設ですか。」



「そうです。



少年刑務所を出て来た子供達を教育して



矯正する施設です。」



小明は自信ありげに言った。



しかしこの人に教育されたら



もっとひどくなってしまうのではないかと



私はそのとき危惧きぐを感じた。



そして最近また小明の姿が見えなくなって、



「小明さんはどこへ行っちゃったんだろうね。」



と話題に登ることがあるが、



いまは誰もその所在を知る人はいないのだ。



もしかすると本当に



山の中でNPOの施設を



やっているのかも知れない。

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