第51話 内部告発
走り出したはいいが、
メーターを入れないで走るのは
気が引けて気が重かった。
こういう仕事は早く済ませてしまいたい。
そんな私の焦りを知ってか知らずか
「これから羅山町の社長の家に寄って
鍵と社員証を返してから
大川警察署へ内部告発しに行くんですよ。」
小明は公官庁を相手に出来ることで
嬉々(きき)として言った。
問題点を持ち込んで
市役所や警察署を動かすのが大好きなのだろう。
「え、内部告発ですか。」
私は思わず聞き返した。
何を告発しようというのだろう。
どうせ小明のことだから
自分の意見が受け入れられなかったことに
腹を立ててのことだろうが、
告発される側の人を気の毒に思った。
「そう。内部告発です。
不動産屋の社長が
自動車運転代行業を始めたんだ。
責任者として出来る者がいないから
やってくれないかって言う話しが来たから、
いいでしょうということで、
引き受けたのはいいんだが、
公安委員会の認定を受けないでやっているんだよ。
不正行為だ。
わたしは曲がったことが大嫌いなんだ。
そのことを私が社長にいくら言ってもわからない。
そういうことじゃあ、
私はやってられないから
辞めさせていただきます。
そのかわり内部告発しますから。
いいですね。って辞表を叩きつけたんだ。」
小明はうれしそうに言った。
しかし曲がったことが大嫌いと言っている割りに
メーター切らせるっていうのは
曲がったことじゃないんかい。
私は思わず言ってやりたい気持ちになったが、
そんなことを言えば
どんな酷い状態になるか
わかっていたので黙っていた。
他人のことは曲がって見えるが、
自分が曲がっているのはまっすぐに見えるのだろう。
「これから大川警察署へ行きます。」
突然小明が大きな声で言った。
「え、何ですか。」
私は思わず聞き返した。
警察へ行くのは先ほど聞いてわかっているのに、
どうかしちゃったのかなと一瞬思った。
「そうです。
はい。はいそうです。
はい。ああそうですか。
わかりました。
これから内部告発します。いいですね。」
それが携帯電話をかけていたのだと知って苦笑した。
タクシーに乗務していると
時々こういったことがあって
返事をしてしまうことがある。
どこに電話したのだろう。
興味はあったが
聞くことも出来ず
黙って運転していた。
たぶん不動産屋の社長に、
だめ押し的圧迫を加えていたのかも知れない。
小明が電話を切った。
「告発しようとして
北松警察署に電話したら
うちの管轄じゃないって言われたんだ。
電話に出た警察官は木で鼻をかんだようで
対応が悪かったな。
あいつはなんていう名前なんだ。
ああいうやつは名前を調べて
クビにしなくちゃならないな。」
小明は自分を蔑ろにされたと決めつけて、
それを恨んで仕返しをしたいようだったが、
警察官のほうも
茎田元総理の秘書だという
ガラガラした大声の人物が
内部告発なんて言うから
半信半疑で
あまり相手にしたくなかったのかも知れない。
「こっちがいくら説明しても警官がわからないんだ。
警察じゃ埒が明かないから
もういいって切っちゃった。
桜田門に私の知っている者がいるので
そっちに電話して、
羅山町はどこの管轄だって聞いたら
大川署の管轄ですって言うから、
それじゃあ大川署に行くので
話しを通しておいてくれって
頼んでおいたんだ。
そしたら、わかりました。
いま話しをしておきますって、
すぐ手配してくれた。
さすがに桜田門だ。
話しが早い。
地方警察なんか桜田門から連絡がいけば
逆らえないんだからね。
それで、大川署が
私が行くのを待っていてくれてるんだよ。」
本当かな。信じられないな。
私は眉唾じゃないかと
俄には信じられなかった。
小明はずっと話しをしている。
しかし秘書をしていたときの政治に関することや
茎田元総理の話しはひと言も言わない。
守秘義務を守っているのだろうか。
小明の話しを聞きながら
田畑と森林が広がっている中を
運転して行くうち漸く待ちに待った
羅山町の境界線の表示を通り過ぎた。
そこからしばらく走って行くと市街地に入る。
ここまで来れば
あと少しで一つ目の羅山町の仕事は終わる。
そうすれば次の大川警察までは
そんなに離れていないし、
何とか無事に済みそうだ。
やれやれといった感じで人心地ついた。
小明の指示通り幾度か曲がって、
踏切を越した住宅街の一画にさしかかったとき
「ここだ。ここの家だ。」
小明が言って車を止めさせた。
そこは羅山駅から南東方向にあたる新興住宅地だ。
小明が車の中から
右側の雨戸が閉め切られて
明かりの消えている家の様子を窺いながら
「中にいるよ。
私が内部告発するって言ったから
怖くなっちゃったんだろう。
雨戸閉め切って、居留守を使っているんだ。
ちょっと行って玄関のチャイム鳴らして
社長に出て来るように言ってみてくれ。」
と私に言った。