第5話 待ち
何をやっているのか。
なかなか戻って来ない。
断られた腹いせに
良からぬ事を
思いついたのではないかと、
ふと思ったりもした。
待ちメーターの金額が
上がって行く。
どう見ても
金を持っていなさそうだ。
これからまた馬山駅まで行くとすると
運賃を払って貰えないのではないか。
私は不安になっていた。
それからしばらくして
禿原が戻って来た。
「馬山の組事務所へ行ってくれ。」
何をして来たのか
少し明るい顔で言った。
私は車を発進させながら、
「何してたんですか。」
と尋ねてみた。
「金貰って来た。」
禿原は恥ずかしげもなく
あっさり言った。
「えー、
代紋違いでも
お金出してくれるんですか。」
私は意外に思って聞いた。
「東京の組事務所はくれないところが多いけど、
地方の組事務所は頼めば
代紋が違ってもお金をくれるんだよ。」
禿原がなに事もなげに言った。
そうだったのか。
組が解散してから、
こうやって食いつないで来たのか。
それだから
どこの組事務所でもよかったんだ。
私は納得した。
仕方なく
馬山駅まで行くことになってしまったが
時間にして15分位の距離だ。
「俺は北海道の海山組の
満腹会にいたんだが、
組が解散しちゃったんだ。
何で解散しちゃったんだろう。
ヤクザは組が無くなっちゃったら
どうすることも出来ないんだ。
本当に困っちゃうよ。」
禿原は溜息混じりに
愚痴った。
「組が解散したんですから、
このさいどこかの会社に入って
仕事したらいいんじゃないですか。」
私は組が解散して
自由になったのだから、
仕事すればいいのではないかと
思ってそう言った。
「そうは言っても、
いまさら会社に勤めることも
なかなか難しいしな。
流れ者になるしかないんだ。」
禿原は投げやりに言った。
車窓に街路灯の明かりが流れて行く。
そろそろ
夜の9時を過ぎるころだ。
これで
馬山の米麦会の凶田組に行ったとして、
組事務所がわかるかなと
私は不安になった。
暴対法によって
組の看板を出せないのだ。
そのため、
だいたいの場所がわかっていても、
どこが組事務所なのかわからない。
弱ったなと思ったが、
まあ
駅前のタクシーに聞けば
誰か知っているだろうと
気を取り直した。
しばらく沈黙していた。
「おい、
包丁買ってこい。」
突然、
突拍子もないことを
禿原が言い出した。
「え、
何ですか。」
私は相手が何を言っているのかわからず
聞き返した。
「包丁だよ。
包丁を買ってこい。」
禿原が繰り返して言った。
シャブでもやってたのか。
訳のわからないことを言う奴だ。
包丁を買って来て、
それでタクシー強盗でもやられたんじゃ
馬鹿みたいなものだ。
「お客さん、
そんな物買ってどうするんですか。
必要ないでしよう。」
私は少し慌ててはいたが
平静を装ってたしなめた。
「いいから買ってこい。
買ってくればいいんだ。」
禿原は私の言うことに
耳を貸そうともしないで言い張った。
タクシーは接客業なのだ。
お客さんをぞんざいに扱うことは出来ない。
張り倒してやろうかと
思う気持ちを抑えて、
わたしは
「もう9時過ぎで、
店なんか開いてませんよ。」
我ながら
いいところに気がついたと
思いながら言った。