第48話 思うつぼ
それから
数週間が経った。
本社からの無線が鳴った。
本社の回線を開けるたびに
ワアワアと音が入って
耳障りだった。
何なんだ。
何かあったのか。
誰かが無線機の近くで
大声を出して
いるのだろう。
誰なんだ。
周りの状況に
気を配れないやつだな。
これでは雑音に
気を取られて
無線の受け答えに
集中出来ないだろう。
もう少し考えろよ。
私は呆れて
そう思った。
しかし、
事務所に戻ったとき
真相がわかった。
前日、仲間の竹川に
小明の無線が当たった。
竹川はまだ小明を
乗せたことが
なかったため、
どういう人物か
わかっていなかったのだろう。
小明が例の如く
脅迫めいた大声で
メーターを切れと
竹川に迫って来た。
断っても
小明は諦めない。
それで
苦し紛れに、
つい竹川が
ヤクザの幹部の名前を
出して黙らせようと
してしまったらしい。
小明はヤクザと聞くと
異常に興奮する性格だった。
ヤクザには
徹底して
対抗するのを
生き甲斐に
している男なのだ。
そのため、
おとなしくなるどころか
逆に収拾の
つかないほど
車内は荒れまくった。
「そのヤクザを
俺のところへ
連れて来い。
お前が
知っているって言ったな。
言った以上
そいつを
必ず連れて来い。」
えらいことを
言ってしまった。
小明はヤクザとの
関わりもあるらしく、
後日
私が小明の仕事をしたときに
ヤクザ関係の名刺を
多数見せてくれたことがあった。
そこには
各組織の親分衆や幹部などの、
そうそうたるメンバーが
名前を連ねていた。
おまけに
「俺はどこのヤクザが来たって
びくともしやしねえ。
ヤクザのほうが
頭を下げるんだ。」
と豪語していたほどだ。
そういう人に
ヤクザの名前を
ちらつかせて
しまったから大変だ。
あっという間に
本性剥き出しにした
小明に、これでもかというほど
絞められてしまった。
そして
小明はそのあと
事務所に電話をかけて来た。
小明のヤバいところは
自分が利用したいと
狙ったところは
ちょっとした
相手の隙を見逃さず、
とことん食い込んで来る
ということなのだ。
だから
取り付かれたら
大変なことになってしまう。
当時
うちの会社の専務は
取引銀行から
天下って来たばかりで
タクシー業界のことは
何も知らなかった。
お客への対応は
銀行そのものだったのだ。
そのため
クレームに対しては
有無を言わさず、
すべて運転手が悪いと決めつけ、
叱りとばしていた。
しかし
運転手が悪い場合があるのは
たしかなのだが、
でも客にも
様々癖があるわけで、
タクシーの苦情については
気をつけなければ
ならないことが
多々(たた)あるのだ。
専務は小明のクレームに
恐れ入って、
菓子折りを持って
謝罪に行ってしまった。
会社から
挨拶に出向いて来るよう、
再三私に
催促していた
小明だったが、
飛んで火に入る夏の虫、
専務が直々(じきじき)に
菓子折りまで持って
詫びに来てくれたのだ。
これで
小明の思うツボに
はまったわけだ。
罠を
仕掛けておいたところへ
上手い具合に
掛かってくれたのだ。
小明は
内心ほくそ笑んだに
違いない。
結界が
解けてしまったのと
同じだった。
それ以来、
顔馴染みに
なったということで
毎日、
用事があるわけでもないのに
事務所へ入りびたる
ようになった。
そして
専務は恫喝を恐れて、
小明が来ると
どこかへ
姿をくらますように
なってしまった。
それを知ってか知らずか、
すっかり我が物顔に
事務所を占拠するように
なってしまった。
何しろ独善、
わがまま、自分勝手の
独裁者だ。
電話が来ようが、
無線が鳴ろうが、
まったくおかまいなしに、
大声で怒鳴り散らす。
堪りかねた
無線番の大内が
「うるさくて
仕事が出来ないから
静かにして下さい。」
と再三注意したが
まったく効果がなかった。
それどころか
逆に怒り出す始末だ。
そうかと思うと、
小明は
よく冗談を言って笑わせる。
なんだ冗談言っても
大丈夫なんじゃないかと
心を許して
しまいそうになるほど、
そういうときは
いいやつに見えるのだ。
大内がすっかり調子に乗って
小明を
少しからかうような調子で
ものを言った。
途端に
小明の表情が一変した。
「なにー。
なめてるのかお前。
俺を誰だと思ってるんだ。
首にしてやるぞ。
俺はどこでも動かせるんだ。
やるといったら
必ず首にしてやるぞ。」
脅す目で
大内を見据えながら
小明が怒鳴り散らした。
びっくりした大内は
座っていた椅子から
立ち上がって
直立したまま、
米つきバッタのように
頭を下げ続けた。
自分の冗談はいいが
他人の冗談は絶対許さないのだ。




