第45話 誇大妄想
「私に出来ないことは
何もないんだ。
国だろうが馬山市だろうが
私には逆らえない。
さっき通った跨線橋は
私が架けさせたんだ。
堂府の電柱も、
あれを引っ込めさせたのは私だ。」
堂府の電柱とは、
さほど広くない割りに
交通量が多く
大型トラックも頻繁に通る
県道の両脇に
電柱が並んで
通行の妨げになっていたが、
自転車に乗った女子中学生が
電柱を避けようとして
大型トラックにはねられるという
痛ましい死亡事故が発生してしまった。
その道の電柱は確かに
事故後すべて
民家の庭先に入れられ、
道路に電柱が無くなった。
そのことを言っているのだ。
「そうだったんですか。」
と言ってはみたが、本当かな。
この人がどうこう言わなくても、
これだけの痛ましい事故が起きた
となれば県のほうで
電柱を引っ込めようとするんじゃないかな。
勝手に
自分の手柄にしているんじゃないのか。
精神を病んでいる大風呂敷の
誇大妄想狂のような気がして、
にわかには信じられなかった。
「役所なんか私の言う通りに動くんだ。
私に逆らったらクビだからな。
私が市役所へ行くと
職員がみんな
ビクビクしているぞ。」
しかし、
どうやったらクビに出来ると
言うのだろう。
そんなこと出来るわけないじゃないか。
私は反発を感じたが、
ここでひとこと
反論でもしようものなら、
どんな目に遭わされるか
わかったものではない。
相手が変なことを
言っていると思っても
上手く話しを
合わせなければならなかった。
太陽が山の向こう側へ沈んで
外の闇が濃くなって来た。
多少タクシーの車内が
見えなくはなってはいるが
街灯の灯りで中が見えてしまうものだ。
安心は禁物だ。
車は小高い山に向かって
進んで行く。
小明の話しは
止まることはなかった。
「私が総理の秘書だった頃は
金なんか幾らでも
自由になったぞ。
私が面倒を見ていた会社の社長なんか
一千万円ポンと出して、
これを使って下さいって言うんだ。
そうですか、
じゃあこれは
私がどう使ってもいいんですねって
念を押したら、
いいですって言う。
向こうがいいですって言うんだから、
どう使おうがこっちの勝手だ。
そのまま銀座へ行って、
その金きれいに
使い切ってやった。
そのあと社長のとこへ行って、
銀座で全部きれいに
使わせていただきましたって言ったら、
社長がびっくりした顔して
「へ」って言ったぞ。
「へ」だぞ。
そのあと黙っちゃって
言葉がなかったな。」
小明が大きな声で得意げに言った。
そりゃあそうだろう。
呆れて言葉はなくなるのは
当たり前だ。
総理の秘書だぞ。
社長はそんなことに使ってもらいたくて
金出した訳じゃないだろう。
でも待てよ。
考えてみると変だな。
何に使ってもらいたかったんだ。
自分のために
便宜をはかってもらうための
賄賂だったのか。
それを感じたから
全部銀座のクラブで
使っちゃった訳なのか。
でも例えそのように使い切ったとしても、
それは賄賂になるんじゃないだろか。
それとも
金を受け取る前に、
これをどう使ってもいいという
取り決めがあれば
問題はないのだろうか。
いやたぶん賄賂だよな。
私にはどういうことになるのか
わからないが
何か引っかかるものを感じた。
車は指示通り
突き当たりの手前の十字路を左に曲がり、
その先の道路を横切って、
お寺の山門へ出る
直前の右カーブの二股を
左に下ってから
すぐ左折して止まった。
料金は約束通り
二千円を受け取って二人を降ろした。
解放されたー。
牢獄からやっとの思いで
出られた気分だった。
私は気持ちを取り直すと
回送を賃送にして走り出した。
二千円分メーターに入れなければ
ならなかったからだ。