第43話 第一秘書
「私は元茎田総理の
第一秘書をやってた
小明という者なんですがね。」
今まで、
ガラガラ声で
怒鳴り散らしていたのが
秘書という話しになると
少しまともな話し方になった。
でも私は警戒を弛めなかった。
「代議士の小明三太郎の
甥なんですよ。」
言葉は一見丁寧に聞こえるが、
俺は他の奴らとは違うんだ。
特別なんだという
ニュアンスが滲み出ている。
小明三太郎といえば、
大正、昭和時代の代議士だが、
池田内閣の時にも
大臣をやっていた人だ。
確かに
その代議士の甥
ということと
茎田総理大臣の第一秘書だった
という人が私の車に乗っている
ということには
奇妙な縁を感じるが。
しかしそれはそれとして
国政を預かる総理大臣の
第一秘書ともなれば、
もっと品位が
必要なのではないのか。
それに責任の大きさは
大変なものだろうし、
能力も問われるだろう。
このように訳もわからず
怒鳴り散らして
恫喝するような人に
茎田総理の第一秘書が
勤まるだろうか。
どうなのだろう。
たぶん
自称だろうと思った。
しかし逆に考えれば
こういう
訳のわからない恫喝と
横車で相手を怯えさせて
問題を解決させる
汚れ役がいることで、
総理大臣は邪魔者を潰して
有利に事を運ぶことが
出来たのかも知れない。
それを考えると
秘書だったというのは
本当なのだろうか。
でもまだ
鵜呑みには出来なかった。
私は話しを聞いて
無視するわけにもいかず、
胡散臭さを拭えないまま
「ああそうですか。」
と適当に相づちを打った。
「だから私がひとこと、
あるところへ話しをすれば、
あんたを首にすることなんか
簡単なんだよ。
私にはそういう力があるんだ。
私に出来ないことは
何もないんだ。」
小明は得意げに
喋り続けた。
「ああそうですか。」
と言ってはみたものの、
むかっと腹が立った。
首にするだ。
なに勝手なこと言ってるんだ。
偉そうに。
私は不愉快になった。
しかし、ここで反論して
大人気ない喧嘩になっても、
お客対運転手では
運転手に勝ち目はないのだ。
我慢するしかなかった。
すると突然、
小明が何か言ったようだった。
「何ですか。」
私は何を言っているのか
意味がわからなくて
聞き返した。
「だからここで
メーター切れって言ってるんだ。」
小明がイラッとした様子で
大きな声を出した。
「えっ、メーターですか。」
何なんだこの人は。
「ダメですよ。
切れません。
国が決めてることなんですから、
切ったら違法行為になります。」
何言ってるんだ。
総理大臣の秘書を
やっていたんじゃなかったのか。
秘書だったら
メーター切ることが
どういう罪になるのかくらい
わかっているはずだろう。
どうも怪しい。
カネあるのかな。
私は怒られている子供のように
体を固くして
緊張しながら運転を続けた。
「何で切らないんだ。
切れって言ってるんだよ。
会社首にするぞ。
俺は桜田門も動かせるし
政治家も動かせるんだ。
あんたをどうにでも出来るんだ。
俺を舐めてると後悔するぞ。
俺はメーター切らねえやつは
でえ嫌れえなんだ。」
小明は無視されていると思ったのか
よりいっそう声を荒らげて怒鳴った。