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第38話 ハーッてして

その日は



三勤一休さんきんいっきゅう



三日目で翌日が休みだった。



三勤一休とは



三日出勤して一日休みの



ローテーションのことだ。



これはタクシー会社によって



いろいろことなっている。



一勤一休のところもあれば、



二勤一休、



四勤一休や



五勤二休、のところもある。



仕事も三日目になると



心身共に疲れがたまるので、



めない酒を



少しひっかけてから寝ることにして、



サイコーストアーへ寄った。



商品棚から



お目当ての一番安い



ブランデーを手に取ると



レジへ向かった。



「いらっしゃいませ。」



おばあさんが



にこやかに私を見た。



その途端



レジの脇に置いてあった



パンをつかむと、



うしろの電子レンジに



ほうり込んだ。



それからおもむろに



レジを打った。



何をしているんだろうと



怪訝けげんに思いながらも



話しかけた。



「強盗にやられたんだって?



大変だったね。」



「そうなの。



こわいから



お店を遅くまで開けないことにしたのよ。



夜中じゃ



男の人がいなくなっちゃって



私一人でしょ。



だから



強盗に狙われやすいのね。」



と言いながら



電子レンジで



チンが終わったパンを



レジ袋へ入れたブランデーの横へ



間髪かんぱつを入れずに



押し込んだ。



「あっ」



ちらっと



見えたパンだが、



私が間違っても



絶対買うことがない



パン生地が変に甘い、



ツナオニオンマヨネーズだ。



「それいらないよー。」



私は叫びたかったが



ことわることも出来ず、



しかたなく



袋を受け取って



営業車に戻った。



パンの袋を見ると



前日に消費期限が切れている。



おばあさんは親切のつもりなのか、



もったいながりなのか、



よくわからないが



もらったほうは



まるで



自分が残飯ざんぱんを処分する



廃棄物処理機はいきぶつしょりきのように



あつかわれているようで



いい気持ちはしなかった。



でも



たぶん



親切心からなのだろう。



それとも



私のことが好きなのかも知れない。



私にれているのかな。



などと自惚うぬぼれながら



車を走らせた。



そして



不意に



以前夜中の二時過ぎに、



いつも行く旧道のファミリーマートに



立ち寄ったときのことを



思い出した。



その時も



寝酒を買おうと



店に立ち寄った。



店内に男の客がいて、



品物を選んでいたが



店番のおばさんがいない。



「おかしいな。



客がいるのに



おばちゃんがいないのは



どうなっているんだ。



無用心ぶようじんじゃないか。」



と思いながら



ブランデーの置いてある



たなのところまで行くと



入口のドアが開いて



おばさんが入って来た。



すると



店にいた客が



品物を持ってレジに行き、



支払いを済ませて出て行った。



私が安いブランデーを持って



レジに行くと



「ごめんなさいね。



怪しい人が入って来て、



恐いから店を出て隠れていたのよ。



私一人でしょ。



何されるかわからないし、



誰か来るのを待っていたの。



一人でいると恐いわよ。」



おばさんは不安そうに言った。



いま出て行った客が



恐かったのかと思ったが、



怪しい人に疑われた



あの客を気の毒に思った。



それにしても、



あのおばちゃんも



俺のことが好きなのかな。



いつ行っても



話しかけてくるんだ。



「色男、



金も力もなかりけり」か。



だいたい



女にちょっとうまいこと言われると



すぐいい気になる



救いようのないところが



私にはある。



それでいつも



痛い目に会わされているのだが



りないのだ。



生来せいらいの女好きが



わざわいしているのだろう。



あれこれ思い出しているうち、



本社に着いた。



日計と営業明細を印刷し、



日報を書いて



メーターをクリアした。



「さて帰るぞ」



と思ったが、



調理パンをどうしよう。



消費期限過ぎてるし、



あしたまでもたないだろう。



「そうだ。



無線番の小松ちゃんに



食べさせよう。



ちょうど



お腹もいているころだろう。」



私は食べ物を捨てると



ばちが当たると



教えられて育ったため、



捨てることに抵抗がある。



小松に食べてもらえれば



私の罰はまぬがれるだろう。



自分に都合のいいように考えた。



自分さえ良ければいい



ということになるのだろう。



「お疲れさま。



パン食べるかい。」



事務所に入って行くと



私はやさしく小松にパンをすすめた。



「いらないよ。



酒がまずくなるから。」



木で鼻をかむように



速攻で拒否され、



仕方なくあきらめて



自分で食べることにした。



どうも



美味おいしくない。



なんか



生臭なまぐさいような



気もしないではなかったが、



無理をして、



なんとか食べえた。



家までは



大橋を越えて



四十分位かかる。



本社を出て



国道の信号を突っ切って、



その先の旧道を左折した。



狭い道を浅山方向へ行くと



市団地の入口あたりで



広くなっている。



そこに差し掛かったとき、



突然



暗がりの中に



赤い棒が点滅しながら



振られているのが見えた。



見ると



何台かの車が止めてられて



五、六人の警官が



手分けして検問していた。



私は指示されるまま



車を止めた。



すると



一人の若い警官が寄って来た。



私は窓を開けた。



「すいませーん。



お急ぎのところ



お手数をおかけします。



免許証拝見出来ますか。」



「あ、


はい。」



私は免許証入れから



免許証を取り出して渡した。



「タクシーの運転手さんですね。」



二種免許のところを見て



警官が言った。



「はい、



そうです。」



「タクシーの運転手さんは



たいがい白い手袋してるんで、



すぐわかるんですよね。」



警官は私が手にはめている



手袋を見ながら



親しげに言った。



タクシーを降りて自家用車に乗り換えても



素手すででハンドルを握っていると



手が痛くなってしまうために



手袋がはずせないのだ。



「どうも



ありがとうございました。



これお返しします。」



警官が免許証を差し出した。



私が受け取ると



「申し訳ありませんが、



ちょっと、



ハーッ、



てしていただけませんか。」



私は



「ハー」



がどうもいやなのだ。



歯医者からは



歯周病や歯槽膿漏しそうのうろうは大丈夫だと



太鼓判たいこばんされてはいたが、



口のにおいを



がれるのには



抵抗があった。



どうも



屈辱を感じるのだ。



私が躊躇ためらっていると



「こっちに向かって



ハーッ



てしてみてください。」



あくまでも



臭いをぐぞーっ、



逃がさないぞーっ、



というように



私をじっと見た。



私は仕方なく



覚悟を決めて



「ハーッ」



と口から息をはいた。



なんだか



自分のお尻の穴の臭いを



嗅がれているようで、



勢いよく出すことが出来ない。



「ん?」



警官は首をかしげて



怪しむように



「もっとこっちに向けて



勢いよく



ハー



てしてください。」



怪しんでいるな。



パンはちょっと



アルコールみたいなにおいが



するかも知れない。



それで疑っているのかなと思った。



私は意を決して



警官の顔に真っすぐ



ハー



と息をかけた。



オエー



突然



警官が



顔をゆがめてえた。



「行っていいです。」



警官は苦しそうに言うと



手を振って



行くようにうながした。



そして



オエー



オエー



吠えながら、



市団地入り口にある



スナック「玉玉」の前の



暗がりで



身をよじり



スナックの扉にもたれて



腹を手でさすりながら



オエー



オエー



っと涙を流している。



「なんだよ。



失礼だな。



ハー



てやれって言ったのは



そっちだぞ。



頭に来る。」



ムカムカ



しながら車を発進させた。



やはり



あのツナオニオンが



生臭かったのかな。



それにしても屈辱だよ。



ゲロしそうな口の臭いだって



言ってるのと同じだろう。



しかし



まてよ。



俺って自分じゃ気がつかないだけで



ほんとはくさいのかな



と思いもしたが、



あの時以来、



訳もわからないまま



いまだに傷ついている。


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