第36話 強盗
馬山駅前に他県のタクシーが止まった。
乗客は若い女が二人。
その運転手の首に
刃をいっぱいに出した
カッターナイフが押し付けられていた。
「金をだせ。」
運転手のうしろに座っている女が
カッターナイフを突き付けたまま言った。
「何してるんだ。
ばかなことはよせ。」
運転手は言いながら
その手を払い除けようと抵抗した。
そのはずみで
首筋に押し当てられていたカッターナイフが
動いてしまった。
運転手は痛みを感じたが
夢中でドアを開け、
逃げ出した二人を追いかけて、
そのうちの一人を捕まえた。
見回すと駅前に交番があった。
そこへ捕まえた女を突き出した。
運転手の首からは
血が噴き出していた。
すぐに
救急車で病院へ搬送されたが、
カッターナイフが
あと一センチ深く入っていたら
頸動脈が切れていたところだった。
捕まえた女の自供で
逃げたもう一人も逮捕された。
まだ未成年の少女だった。
隣の県のはずれのあたりから
来ているので
一万三千円位は料金が出ていただろう。
運賃を踏み倒して
金を奪うつもりだったが
運転手が気丈だったために
失敗した。
それからしばらくの間、
物騒な話しは聞こえて来なかったが、
馬山駅事件のほとぼりが冷めたころ、
山の入口の森井駅につけている
森井タクシーの乗務員が強盗にやられた。
ナイフを突き付けられて
売上金と釣銭を
持って行かれた。
そして数日後、
こんどは浅山駅の
浅山タクシーの乗務員が
ナイフを突き付けられて
売上金と釣銭をやられた。
「なんだよ。
強盗がだんだん近づいて来るじゃねえか。」
「浅山がやられたんじゃ、
この次は箱山だぞ。」
「この中の誰かがやられるんかい。」
箱山駅のタクシー乗務員達は
人ごとのように面白がっていた。
自分だけは大丈夫だと思っているのだろう。
あまり深刻には
とらえていないように感じられた。
しかし、
人によってはマイナスドライバーを
ドアのポケットに入れていたり、
自転車のチェーンを
束ねて
手ぬぐいで包んだ物を
座席の横に忍ばせているのもいる。
ひどいのになると
折りたたみの
ノコギリやキリを
ドアのポケットに入れている。
いざとなったら、
そのノコギリで
相手の首に切りつけるのだろう。
そうなると強盗のほうも命がけになる。