第34話 現場検証
下次のプライドは
ズタズタになっていた。
大学を出て大会社に入って
係長になれたと思ったら、
リストラされ、
いま公衆の面前で
ヤクザに脅され、
あろうことか、
脱糞までしてしまったのだ。
こんな恥ずかしいことはなかった。
全員が下次の情けない姿に驚いて、
好奇の目で見ている。
まるで見世物だ。
消えて無くなりたい気持ちで、
この場から逃げたかった。
お巡りさんが来たし、
見ればほとんど傷ついてはいないのだから、
居なくても大丈夫だろう。
こんなことしてはいられない。
俺は稼がなくちゃならないんだ。
下次は自分の都合のいいように思い込んで、
勝手に車へ乗り込んだ。
「あうっ、気持ちわるーい。」
思わず身震いして
悲鳴を上げそうになった。
パンツの中が冷たくなって
グチョグチョしている。
その上に座ることになってしまった。
それに臭いもひどい。
まるで便所だ。
これで客を乗せるつもりなのか。
しかしモタモタしてはいられない。
下次はそのまま運転して
ロータリーから出て行ってしまった。
どういう訳か
全員の隙をついていた。
それぞれが他の事に気を取られていたのだろう。
皆が気づいた時は
すでにそこにはいなかった。
警官は仕方なく本社に電話をかけてきた。
そのとき下次はあてもなく車を走らせていた。
駅につければ物笑いの種にされて
恥をさらすことになるだろう。
とりあえず走っていれば客が手を上げるかも知れない。
しかしそれにしても悔しかった。
「あれは俺が悪い訳じゃない。
車に傷もついていないのに
トイレに行かせてくれなかったあいつが悪い。
あんなところへ用もないのに
車なんか止めやがって、
あいつさえいなければ
漏らすこともなかったんだ。
チキショウ。
俺が調べられるんじゃなくて、
あいつが調べられるべきだろう。
あいつらが俺を脅したんだから。」
相手の理不尽さに
憤慨しながら、
あれこれ頭の中を
思いがかけ巡っていた。
ふと
先ほどから何か騒々(そうぞう)しい
と思っていたものが
自分を呼び出している無線だったことに
やっと気付いた。
それほど物思いに耽っていたのだろう。
何を言われるのかと無線を取った。
応答するのもおっくうだったし、
他人と話しもしたくなかったが、
「どこにいるんですか。」
と聞かれてつい
「仕事してます。」
と言ってしまった。
予想外の返答に驚いたオペレーターに促されて、
渋々(しぶしぶ)車をロータリーに戻し、
現場検証に立ち会った。
そのあと下次は仕事を打ち切って
本社に戻るように無線で念を押され、
仕方なく会社へ帰って来た。
ズボンの中の気持ち悪さで、
足を引きずるように戻って来た下次に
事務所は大騒ぎになった。
臭い。
すごく臭い。
いったいどうしたんだ。
漏らしてるのか。
事故現場から勝手に立ち去ったことだけでも
会社としては問題になっていたが、
脱糞したまま
構わず仕事を続けようとした、
そのまともではない神経を
疑われてしまった。
そして
まだ見習い期間中で
正社員ではなかったために、
そのまま我社では採用出来ない
と断定されて即刻解雇となってしまった。
タクシー乗務員達の情報伝達速度は速い。
事故の報告の後には
もうすでに他の乗務員から
凶田組の幹部が係わっていることが
会社に知らされていた。
翌日会社の事務所に一人の男が訪ねて来た。