第29話 駅前
完璧ヤバイって
何だろう。
私は湯気が立っている軽トラックの屋台で
黙々(もくもく)と
ラーメンを作っている
店主の様子を盗み見た。
髪は分けてはいないが
前髪を横に流して
真面目な普通の髪型だ。
顔もどうってこともない
やや細面で
どちらかといえば
いい男の部類に入るだろう。
体つきは大きくはなく、
ずんぐりむっくり
といった感じだ。
それほど強そうには見えない。
この人が
どうして危険人物なんだろう。
私は半信半疑だった。
「あの人が危ないんですか。」
梨原が
丁寧な喋り方をするので
私もタメグチを避けて尋ねた。
「あれはムショから出所してきたばかりの
凶田組の幹部ですよ。」
「えっ、
幹部みずからラーメン屋ですか。」
私は驚いたが、
何だか可笑しくて
笑ってしまった。
梨原も笑った。
「凶田組のナンバーツーで
篠川虎次っていう人です。」
「へえーっ、
ナンバーツーが屋台のラーメン作りなんだ。
やっばりシノギが厳しくて
ヤクザも堅気の仕事をしなくちゃ
食っていけないようになったんですかね。」
「まあ、そうかも知れないです。」
梨原はタクシードライバーになる前は
調理師をしていたが、
どういう訳か
ヤクザの親分が経営している
高級クラブの調理場を任されていた
ということもあって、
ヤクザにはやたら詳しい。
本人自身も
恐喝事件でバクられ、
拘置所に送られたことがある。
ただ
梨原の場合は自分のためではなく、
知り合いの女性が
男に脅迫されていたのを
持ち前の正義感で、
長いヤスリをグラインダーで削った
自作の短刀を持ち出して
ヤクザ顔負けの脅をかけたのだ。
しかし、
裁判所のほうも
事情を考慮してか、
執行猶予付きになったようだ。
その日から
ラーメン屋の篠川は
毎日夕方から決まった時間に出て来て
夜中の三時頃まで
キッチリ仕事をしていた。
さすが幹部だ。
若い者の鏡であることを
意識しているのだろうか、
それとも
幹部としては
ぶざまな様子は見せられないためか、
不真面目な態度は微塵もなく
無言で
ひたすらラーメンを作って売っていた。
特急も止まる大きな馬山駅は
周辺に繁華街も控えていて
行き来する人の数も多い。
その中に、
やはり無言で
よたよたしながら
段ボールの箱を探し回っている
痩せた老人がいる。
七十代位に見えるが、
そんなにいっていないのかも知れない。
パーキンソン病なのか
歩き方がカタツムリのように遅く、
なかなか前に進めない。
風呂にも入っていないのだろう。
着ている服は
垢で黒光りするほど
汚れている。
目つきは鋭く、
人を寄せ付けず、
前を睨んで、
口をへの字に曲げていて
人相はよくない。
「あれは太谷っていう
武闘派のヤクザだった人ですよ。
若い時は暴れまくっていたから
恐れられていたんですがね。
倒れてああなったら
組にも見放されて、
誰にも相手にされなくなっちゃったんです。」
梨原が言った。
私はヤクザの成れの果てを
見た気がした。
年金も掛けていないだろうし、
住むところも追い出され、
仕事もなく、
ホームレスになるしかなかったのだろう。
しかし
堅気で年金を掛けてあったとしても
共済年金や厚生年金なら、
なんとかくらして行けるが、
四十年掛けても
月に六万円くらいしか支給されない
国民年金では
金を産む資産もなく、
働くところもなければ
無年金のヤクザの心配どころか、
自分の心配をしなければならないのだが、
それはさておき、
ここで屋台のラーメンを作っている、
あの篠川も
人生の末路はどうなって行くのだろう。
暴力に頼って
金を手に入れることが出来ても、
体を壊したり、
歳を取って力がなくなった時には、
この太谷のように
どうすることも
出来なくなってしまうのではないだろうか。
駅周辺の週末はさすがに人が多い。
ラーメン屋も客の対応に追われていた。
近くに大山大学があることもあって、
そこの学生も多く遊びに来ていた。
しかし
若者達は羽目を外して
しばしば問題を起こす。
酔った学生がラーメン屋に立ち寄った。