第23話 二十面相
「よし、
気付いていないな。」
私は何食わぬ顔で
通りに出て歩き出した。
昼過ぎの日差しは
強く焼けるようだ。
おじさんは油断して
のんびり歩いている。
人通りはなく、
振り返えられたら
一発でわかってしまいそうで
何となく落ち着かない。
くず鉄屋を過ぎ、
その先の運送会社から
コールタール置場を過ぎると
十字路になる。
おじさんはそこを曲がろうとしていた。
「よし、ここからだ。」
ちょうど
運送会社の丁字路にいた私は
一瞬立ち止まると、
駅へ向かって行くおじさんを確認して、
策を弄するために、
そこを右へ曲がって
走り出そうとした。
線路の側道がその先にある。
「しんちゃん、どこ行く。
そっちじゃなーい。
ちがーう。
そっちだめー。」
突然、
思い切り
金切り声が響き渡った。
私はビクッと固まった。
「あーっ
なんてことだ。
ダメだ。
失敗だー。
どうして大声を出すんだよ。」
私は出鼻をくじかれ、
ボットンと
張り切ったやる気が
音を立てて落ちたのを感じた。
投げやりな気分で観念して、
しかたなく通りに戻った。
おじさんはびっくりした顔で
振り返っていたが、
次の瞬間
泳ぐように手足をバタつかせながら
右へ曲がらないで
左に向かって
全力で走り始めた。
バス通りに行くつもりだ。
私も全力で走って、
十字路を曲がった。
おじさんは全力疾走のまま、
うしろを振り向きながら笑っていた。
ざまあみろ、
ついて来れるものなら
ついて来てみろ
と言っているのだろう。
「あー、怪人二十面相だ。」
私は追いかける気力も失せ、
へなへな力が抜けて
口をあんぐり開けたまま
立ちすくんでいた。
天才明智小五郎は
あっけなく砕け散って
冷や汗と脂汗にまみれ、
肩を落として
すごすごと
来た道を引き返すほかなかった。
尾行とはむずかしものだと、
その時
私は悟ったのだ。
前の車は畑が広がっている細い道を
馬山市内に向かって
相変わらずセカセカと
落ち着きなく走って行く。
しばらく行くと
小さい橋がある。
それを渡ると住宅街に入った。
まだ道は狭い。
信号が見えて来た。
青ランプだ。
車はスピードを上げた。
一気に抜けようとしているのだろう。
「もっとピッタリつけてください。
もっと。
離れないで。」
絶叫だ。
探偵は焦って、
ストレスが絶頂まで達している。
「信号変わるなよ。」
心臓はドキドキだ。
祈る気持ちで私もアクセルを踏み込んだ。