第21話 おばさん
前を行く車は
一リッタークラスの小柄な車だが
蝿が動き回るように
セカセカと落ち着きがない。
「もっとピッタリつけて下さい。
もっと。」
探偵が緊張して言った。
「大丈夫ですか。
タクシーは目立ちますから
相手に気付かれますよ。」
私がハラハラしながら言った。
「大丈夫です。
もっとピッタリつけて。」
探偵は無茶なことを言う。
私はバレるのではないかと
気を揉みながら
前の車との距離を縮めた。
車はカーブを曲がった先の
郵便局の信号を左折した。
道が狭い、
このままピッタリうしろをついて行くと
相手が不審に思うだろう。
うしろを同じ方向で
ずっとついて来る車がある。
怪しい。
なんか変だ。
つけられている。
気が付かないふりをして
巻こうか、
と思っているのではないかと
勝手に想像して
前の車を運転している相手の頭を
注視したが、
頭の感じから
まだ全然気付いていない様子に
少しホッとした。
しかし
どうしてこの人は
尾行されているのだろう。
浮気か、
それとも
良からぬ人達と連絡を取り合って
会社に損害を与えようとしているのを
突き止められようとしているのか。
探偵に聞いてみたい気もするが、
また半狂乱になって
喚きちらすのではないか
と思って聞けなかった。
私は知らずに尾行されているこの人が
何だか気の毒に感じる
と同時に
すごく悪い人にも見えてきた。
そして、
ふと
私がまだ若い高校生だった時のことを
思い出した。
たしか
夏休みに入って
しばらくたった頃のことだったと思う。
隣のおばさんが訪ねて来た。
「シンちゃん、
頼みたい。
いいです。」
日本語だが、
かなりなまっている。
スラリとした
細身の白系ロシア美人だ。
母はおばさんを
コネロさんと言っていた。
「なんでコネロさんなの。」
と母に聞いたことがあった。
おばさんが母と話しをしていて
「コネロ、コネロ」
と言ったが
何を意味しているのか
わからなかったが、
しばらく考えていて、
やっと
「紺色、紺色」
と言っていることに
気付いたと言うのだ。
それ以来、
母はおばさんのことを
コネロさん
と呼ぶようになったのだ。
「アレクサンドルなんとかかんとかチュウラ」
とかいう
正式には長い名前で
ロシア皇帝の一族だったが
ロシア革命で
一家は海外へ逃亡して
散り散りになってしまった。
コネロさんは満州へ逃れて
暮らしていた。
そして
満州へ仕事に行っていた
日本人の旦那さんと
一緒になったのだ。
その後、
戦争が終わって
日本に渡って来た。
おばさんは進駐軍の基地で働いていて、
私が幼い頃、
チューインガムやチョコレートを
持って来てくれたりしていた。
しかし
その旦那さんは
いい男のところを持って来て
メチャクチャ女に手が早く、
家に帰って来なかった。
ときたま
派手な夫婦喧嘩の大声が
聞こえて来ると
旦那さんが帰って来たのだと
わかるのだ。
おばさんはその旦那さんの
後をつけて行って、
女の居所を突き止めて欲しいと
私に頼んで来たのだった。