第19話 見張り
「ちょっと頼んでもいいかな。」
駅先頭の私の車に乗り込んだ
坊主頭の男が聞いてきた。
雰囲気が何か暗く胡散臭い。
「なんでしょう。」
何を頼むって言うんだ。
私はとっさに拒絶反応を感じた。
こういう仕事は大概面倒で
金にならないことが多い。
ことによっては断らなければならないな
と思いながら返事をした。
「ある車を尾行してもらいたいんだ。
その車が動き出すまで待つことになるんだが、
それがすぐかも知れないし
長くかかるかも知れないんだが
やってくれるか。」
高飛車な口調で言った。
なんだこの人は。
刑事なのか私立探偵なのか。
刑事なら警察の車があるから
タクシーは使わないだろう。
たぶん私立探偵だな
と私は推測したが、
その傲慢な態度に
カチンときて
反発心がムラムラと湧いてきた。
冗談じゃねえよ。
そんな仕事したくねえな。
私はどう言って断ろうか
と考えを巡らせて、
すぐには返事をしなかった。
しかし反面、
人をひそかに尾行するという陰湿な快感と、
ひょっとして
尾行するターゲットが恐ろしい人物で
危ない目に合うかも知れない不安と
恐いもの見たさの興味もなくはなかった。
「出来ないなら
出来ないって言ってくれてもいいんだけど、
やってくれないか。」
言葉は少し遠回しに言ってはいるが、
迫ってくる雰囲気は
何が何でもやらせたい
という想いがこもっている。
不意に
私はプロの尾行とはどういうものなのか
見てみたいという好奇心が
ムラムラと湧いて来た。
そして
それにつき動かされて、
「じゃあ、いいですよ。
やってみましょう。」
と言ってしまった。
言ったあとで、
なんだか不安になって断ればよかったかな
と後悔して心が揺れ動いたが、
やると言ってしまった以上
あとへは引けない。
「尾行はやったことがないので、
うまくいくかどうかわかりませんよ。」
とあらかじめ相手からクレームを
つけられないように
予防線を張っておいてから
メーターを賃送にして
探偵の道案内で走り出した。
駅前の道をまっすぐ行くと
信号を二つ過ぎた先で
信号のない狭い十字路に出る。
そこを右折して
家が立ち並んでいる細い道を抜けて行くと、
点滅の信号がついている十字路に出る。
そこを突っ切って
しばらく走ると、
斜め左に曲がる道がある。
そこを左に入って、
少し行くと大きい通りに出る
。
それを左折すると
製薬会社の営業所の前に着いた。
探偵は私に少し待つように言って、
車から降りると
営業所の脇にある駐車場のところまで
歩いて行った。
そして
何かを調べてから戻って来た。
「車があるからまだ会社にいるので、
出て来るまで待ちます。
あの信号を曲がったところなら
会社の裏から出て来る道と
表の道の両方を見張れるから、
そこで待つことにします。」
探偵はあらかじめ調べておいたのか、
見張りの最適な場所を指示した。
私は車をUターンさせ、
信号を右折して止まった。
そこは交差点に近く、
あまり広くない道で
通行の邪魔になるのはわかっているが、
そこで見張るしかなかった。
「私が表通りを見張ってるから、
そっちは裏道から出て来るのを
見張ってて下さい。」
探偵が緊張した面持ちで言った。
私は探偵が指示した車のナンバーを
見逃すまいと
裏道から出て来る車を一台一台
チェックし始めた。