第18話 事務所の応対
突然、
「ここは従業員にどういう教育してるんだ。」
白いトレーナーの上下を着た男が
会社の事務所に入って来るなり言った。
見るからに
その筋の雰囲気をかもしている。
「何かありましたか。」
苦情係の常務が尋ねた。
「ホテルニュー浅山から
浅山のタヤマホテルまで行くのに
いくらかかるんだ。
こんなにかかるのか。
この料金はふざけてねえか。
どうなんだ。
わざと遠回りしたんだろう。
ええ、どうなってるんだ。
どう責任を取るつもりだ。」
レシートには
私の号車番号が記されている。
男はうまく圧力をかければ
金になるとでも思っているのだろうか。
しかし、
金を要求したり組の名前を出したりすると
暴対法(暴力団対策法)によって
恐喝でしょっ引かれる。
男は脅迫にならないように
言葉を選んで、
あくまでも合法的に金をせしめようと
目論んでいた。
「ちょっと運転手に確認してみます。」
状況が理解出来ない常務が
無線で私を呼び出して事情を聞いた。
私はそのヤクザがいるとは思いもよらず、
尾行をまくために
女に指示されてグルグル回ったことや、
ヤクザの男を批判する言葉を
強い語調で流してしまったのだ。
それを青くなった常務が
慌てて止めた。
しかし箱山タクシーの事務所もしたたかだった。
料金が出過ぎたことは
女の指示だったことがわかって強気になった。
ひそかに小型の音声記録装置のスイッチを入れて、
相手の言葉を取っている。
少しでも脅迫の言葉が出れば
それを証拠として
警察へ訴える構えだ。
お互いが腹の探り合いになっていた。
会社側は男の言い分を
聞き終わってから
「そうでしたか。
申し訳ありません。
この運転手は一人で乗るようになってから
まだ数日しか経っていない
ものですから
道がよくわかっていなかったようです。
もっと勉強するように徹底指導いたします。
行き先を間違えてしまいましたしたので、
こちらで頂いてしまいました料金を
お返しいたします。
これでお許しいただけないでしょうか。」
これ以上要求してきたら警察だ
と常務は腹に決めて言った。
音声記録装置は
作動している。
男はどう出るか。
男は女の指示で
料金が高くなってしまった
ということを
あばかれてしまった分の悪さを
感じていた。
これ以上要求しようとすれば
暴対法にひっかかるのは明らかだ。
男は女が支払った料金分の金を
事務員から受け取って
しかたなく引き下がった。
私が箱山タクシーの事務所に着いたのは
呆気なく男が帰った後だった。
私が無線で流したのを聞いていたから、
たぶん
今ごろ
あの男は自分が恥をかかされた腹いせに
嫌というほど女を殴りつけていることだろう
と思った。
ひどいことだ。
あとからわかったのだが、
その男が仲間の泥山から金を脅し取った
米麦会中田組の
本上というヤクザだった。
本上はその女を使って
金を稼いでいたのだ。
それから数年経って本上は
府中刑務所で獄死した。
美人局のような
女を使った犯罪は刑務所の中では
馬鹿にされていじめられるらしい。
箱山駅で寝泊りしていた
ホームレスのテラさんは
婦女暴行の罪で服役したとき
刑務所の中でいじめられて
肛門にゲンコを入れられた
のだそうだ。
「それで尻の穴が広がっちゃって
俺は便秘したことがねんだ。」
テラさんは広がった肛門を
自慢していたのだが。
なにはともあれ
女もこれでやっと
幼い息子と二人で
平和に暮らすことが
出来るようになったのだろう。