第17話 レシート
「ここで止めてください。
あそこに立ってるのよ。」
女は彼氏を見逃すまいと
気を張っていたのだろう。
私には見えていなかったが、
見落とさなかった。
「こっちを見てる。」
女が怯えた様子で言った。
私は男と目を合わさないように
真っすぐ前を見続けて
少し行き過ぎて車を止めた。
へたに目と目が合ったりすれば、
すぐさま相手はきっかけを掴んで
飛び掛って来るだろう。
犬と同じだ。
私は手早く精算を済ますと
ドアを開けた。
降りると思った矢先
「運転手さん、レシート下さい。」
女が言った。
私は出過ぎてしまったメーターのレシートを
渡してしまうのはまずいなと思ったが、
渡さない訳にもいかなかった。
そして後ろを振り向かずに
車を発進させた。
やれやれ、
やっと解放された。
私はほっと胸を撫で下ろしながら
駅に戻るとタクシープールへ入った。
だいぶ時間を取られてしまった。
仕事の邪魔をされた気分で
私は腹が立ったが、
何回か駅からの仕事をして、
あのヤクザのことはもうこれで大丈夫だろう
と安心していた。
「35どうぞ。」
無線が私を呼んだ。
「35です。
どうぞ。」
何ごとだろうと
一瞬思いながら応答した。
「先程浅山までお送りしたお客さんは
何かあったんですか。」
無線番が言った。
私ははっとした。
あのヤクザだ。
やっぱり来たか。
「ああ、あれは女の人だったんですが、
私が勘違いして浅山のタヤマホテルへ行くところを
馬山のタヤマホテルへ向かってしまって
引き返したんです。
でもその前に
後ろからつけられているかも知れないから
ぐるぐる回って欲しい
と言われたんで
回りましたから
料金がでてしまいました。」
私は一気にいきさつを話した。
そして腹立ち紛れに
「彼女の彼氏がヤクザで
ひどいやつなんです。」
と言った。
そのとき
「あっ、
その話しは無線で流さないように。」
無線番が慌てて遮った。
私は出鼻をくじかれて
話しをやめた。
「35、本社へ来て下さい。」
やっぱり呼ばれるか。
と思いながら
私は本社へ向かった。