第15話 電話
「えっ、
馬山のタヤマホテルですよね。」
私は意外な言葉にうろたえながら
聞き返した。
「違います。
浅山のタヤマホテルです。
大変。
ここから戻ると
どのくらいで行けますか。
でも、
間に合わないかな。
少しでも遅れると殴られるの。
すぐ電話しなくちゃ。
電話ないですか。
電話があったら止めて下さい。」
女はあわてて言った。
私も
これはただではすまないな。
へたをすると殴られるんじゃないか。
えらいことになった。
大変なことをしてしまったと
脂汗をにじませて
電話を探した。
当時
私はタクシーを始めて
日も浅く
馬山のタヤマホテルは知っていたが、
浅山にもタヤマホテルがあるとは
知らなかったのだ。
おまけに携帯電話も
今ほど普及していなくて、
持っている人はまだ少なかった。
「あっ、
コンビニがあります。
あそこに止めますから。」
どうなっちゃうんだろうと
不安になりながら
駐車場に入ってドアを開けた。
女は車を降りると
急いで公衆電話のところへ行って、
百円玉を入れながら話し始めた。
ヤクザの彼氏は
携帯電話を持っているようだった。
公衆電話から携帯電話にかけるのだから
料金は高い。
百円玉がどんどん入って行く。
ヤクザの彼氏には
彼女がどれだけお金を払おうが
知ったことではないのだろう。
私は無線で本社を呼び出した。
「浅山のタヤマホテルは
どのように行ったらいいんでしょうか。」
無線で聞いても
わからなかったらどうしようと
ドキドキしながら
私は聞き耳を立てた。
「浅山のタヤマホテルですか。」
オペレーターの無線が入って来た。
「はい。」
藁をもつかむ思いで
私は答えた。
「今どこにいるんですか。」
オペレーターが現在地を聞いて来た。
「高樫のコンビニです。」
まだ無線の受け答えも
さまになっていなかったが、
私は何とか
冷静に答えることが出来た。
「そこからなら、
国道を浅山方向へ向かって行って、
千丸電機の会社の丁字路の信号を
左折して行くと突き当たりますから、
そこを右折。
そのまま道なりにどこまでも行ってください。
そうすると
浅山駅のところで
また突き当たります。
そこの突き当たりの
一本手前の丁字路を右折して行って
通りに出たところの左側が
タヤマホテルです。」
無線での説明を一言も漏らすまいと
耳を凝らして聞いていたが
なんとか理解することが出来た。
「了解」
私は返事を返して
女のほうを見た。
何を話しているのか
まだ電話をしている。
ヤクザのほうから
何らかの指示でも受けているのか、
頷いたかと思うと
女が受話器を脇に置いて歩いて来た。