第14話 タヤマホテル
それからまた
長いこと待たされて、
受話器を置いた女が戻って来た。
「それではタヤマホテルまでお願いします。」
女が言った。
「はい、タヤマホテルですね。」
私は答えてから
馬山駅の近くの
タヤマホテルへ向かった。
まったく
厄介な仕事に巻き込まれたな。
嫌んなっちゃうよ。
仕事になんかなりゃしない。
今頃仲間は次々仕事をして
稼いでいるだろうと思って
情けない気分になっていた。
「私は浅草のソープに勤めてるの。」
女が少し私に気を許して来たのか
自分のことを話し出した。
「浅草ですか。
じゃあ、
浅草からこちらまで出向いて来たんですか。
大変ですね。」
ヤクザに呼び出されて
わざわざこんなところまで
来させられたのかと思うと、
かわいそうになって聞いた。
「東京から引越して来て、
いま来田にアパートを借りて住んでいるの。
ヤクザの彼氏がこっちに住めって言ったから、
来田から浅草まで通っているのよ。」
と女が言った。
「しかし仕事で稼いでも
ヤクザにお金持って行かれたんじゃ
何にもならないですね。
生活が大変でしょう。」
何でヤクザから逃げないのだろうと
疑問に思いながら言った。
「そうよね。」
と女は言って言葉を濁した。
私は話題を変えようと
「私も東京に住んでいたことがあるんですよ。」
と言った。
「えっ、そうなんですか。
私は東京で生まれて、
東京で育ったの。
運転手さんもそうなんですか。」
興味があるように女が言った。
「いえ、
生まれたのはこちらのほうなんですが
育ったのが東京なんです。
父親の仕事の都合で
五歳のときに東京へ移り住んだんです。
だから小学校、中学校、高校まで東京です。
高校はラグビーに力を入れてて、
体育の授業は
ラグビーしかやらない学校だったんですよ。」
私は話しの流れで
高校のことを話題にして言った。
「ラグビーに力を入れてるところって、
どこの高校ですか。」
女が興味を示して聞いてきた。
「M高校です。」
と私は言った。
「えっ、本当ですか。
私のお兄さんもM高校ですよ。」
驚いて女の声のトーンが上がったが、
私も驚いた。
「本当に。」
思わず声をあげていた。
女の年齢からいって
彼女の兄は私の後輩だろう。
何という奇遇なのか。
この広い世界の中で
東京で出会うならまだしも、
東京から離れた地方都市の
タクシーの中で会うなんて
ありえないことだ。
おまけに
ヤクザに食いつかれた
後輩の妹とはどういうことだろう。
何とかならないのか。
出来れば助けてあげたいが、
相手がヤクザでは
へたに手は出せない。
向こうは徒党を組んで
力ずくで潰しに来る。
私一人では助けることは出来ないだろう。
「どうしてヤクザと手を切らないんですか。
このままじゃ、あなたも子供も
どうにもならないでしょう。
警察に相談してみたらどうですか。」
と私は言ってはみたが、
警察は「民事介入せず」ということで
取り合ってくれないか、
と考えて暗澹たる想いになった。
女もそのように思っていたのか、
無言のまま悩んでいるようだった。
手を切ろうにも、
このヤクザからすれば
貴重な金づるだ。
女から金を巻き上げることしか出来ない男
からすれば、
やっと手に入れた
この女に逃げられたら
生きて行くことが出来ないだろう。
女が手を切りたくても
放しはしない。
能力のないヤクザには
満足なシノギなど出来ないのだ。
「あら、
運転手さん、
どこへ向かっているんですか。
道が違うようですが。」
突然、
女が気付いて言った。