第13話 女
不意に小屋のドアが開いて、
若い女が体を折り曲げながら
車のドアに隠れるようにして
乗り込んで来た。
両手に紙の手提げ袋を
六個持っている。
何を詰め込んだのか、
パンパンに膨らんでいて、
うしろの座席がいっばいになった。
「中年の女の人、
見なかったですか。」
女は怯えた顔で私に聞いた。
「中年の女の人ですか。
いなかったですよ。」
何か危険な雰囲気を感じながら
私は答えた。
「早くここから離れて下さい。
早くして下さい。
お願いします。
尾行されているかも知れないから、
グルグル回って下さい。
今、女の人が包丁を振り回しながら
部屋に殴り込んで来たんです。
怖かったー。
逃げ回ってて
他の部屋へ隠れていたんですが、
まだこの辺にいるはずです。」
女は一気に話した。
私は息をしても痛い左腕を延ばすと、
震える指先で
賃走のスイッチを押しながら
走り出した。
女は後ろを気にして
幾度も振り返って、
尾行されているかどうか
確認していた。
「どうしてそうなっちゃったんですか。」
事情もわからず
尾行を巻くために走り回っていても、
対処のしようがないので私は聞いた。
「私は部屋に彼氏と一緒にいたのよ。
彼氏はヤクザなんだけど、
殴り込んで来たのは彼氏の奥さんなの。
すごい剣幕で
包丁振り回して部屋に入って来たら、
彼氏は逃げてどっか行っちゃったの。
私が追いかけられちゃって、
必死で逃げて
他の部屋に今まで隠れていたのよ。」
と女は言った。
女を危険にさらしたまま、
自分だけ逃げる。
男らしくない。
情けない奴だ。
そんなんでヤクザなんてやれるのかと
私は思った。
任侠の世界は
男を研くとか言う人もいるが、
研くどころの話しではない。
私は後ろをこまめに確認しながら、
しばらく走り回った。
「運転手さん、
彼氏に連絡しなくちゃならないんで、
どこかに電話ないですか。
早くしないと殴る蹴るされちゃうの。
あのヤクザは夫婦して酷いんだから。
お金が欲しいと私のアパートの窓ガラスを
メチャメチャに割っちゃうの。
それから子供の目の前で
私を殴る蹴るするのよ。」
と女が言った。
「そうなんですか。」
ヤクザなんてそんなもんだ
と思いながら言った。
携帯電話を持っている人は
まだ今ほど多くはなかったため
公衆電話はあちこちにあった。
しかし探すとなると見つけるには
苦労する。
運転しながら
公衆電話のありそうなところを
目で探りながら
客との会話を続けた。
「だとすると
今回も何か下心があって、
わざと仕組んだんじゃないんですかね。
あの夫婦の狂言かも知れませんよ。」
私は憤慨した勢いで
想像したままを言った。
「あ、そうなのかな。
狂言なんだろうか。」
女は考え込むように言った。
道が住宅街のカーブに差し掛かったところに
自動販売器がいくつか並べてあって、
そこに公衆電話を見つけた。
「電話ありますよ。」
車をカーブのところに停めながら言った。
結構交通量が多い場所で、
迷惑がられて
クラクションを鳴らされたりしながら、
女の電話が終わるのを待っていた。
長い時間待たされたあと
「ちょっと電話に出て下さい。
話しがあるそうです。」
戻って来た女に言われて
恐る恐る受話器を取った。
「もしもし、
電話替わりました。」
相手はヤクザだ。
へたをすると、
とんでもないことになりかねない。
「山川さんかい。」
受話器の向こうから
男が私の仕事仲間の名前を言ってきた。
山川さんはこんなヤクザと付き合っているのか。
意外な思いで
「いえ、違います。」
相手の思った通りではないことを
こちらが言わなければならないことに
恐れを感じながら言った。
「そうかい。
山川さんじゃないのか。
じゃあ、
その人をタヤマホテルまで連れて来てくれるかい。」
男が言った。
「はい、かしこまりました。」
私が答えて受話器を女に渡した。
そのまま私は車に戻ったが、
女はしばらくのあいだ
男の指示を受けているようで
かなか戻って来なかった。