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第1話 侮り(あなどり)

      

              公道(タクシー乗務見聞録)



くさい。」



という言葉に、どうしてひとは



異常に興奮をおぼえるのだろう。

 


私は中学まで親から怒られ、ぶたれ続けて、



ひたすら耐え忍んできたせいで、



高校に入ってからは



学校のことや成績のことは



何も親には言わなくなった。

 


親が学校のことを聞こうとしても



いっさい無視した。



力も強くなっていたし



柔道部に入って体も大きくなっていたので、



親も手出しが出来なくなっていたようだ。

 


今までギュウギュウ締められて、



耐えてきた反動でしめつけがなくなったとたんに、



自分で自分を抑えることが出来なくなってしまっていた。


 

重圧を押しのけて自分を出していたのが、



重圧がなくなっても



同じエネルギーが出てしまうために



行動が異常になってしまうのだろう。

 


高校はあの有名な俳優で



歌手のKが在籍し、



ラグビー解説者のMの出たところだ。



あの当時



ラグビーが強い学校で、



高校ラグビー日本一を賭けてたたかっていた。

 


体育の指導はラグビー部監督のU先生で



授業はラグビーばかりやらされた。


 

ラグビー部員は休み時間になると



ボールをみがかなくてはならないのだが、



ボールの革につばをたらして布で磨く。



それが気持ち悪くて



ラグビー部だけは入りたくなかった。

 


そんな時期、



朝、登校時の地獄のラッシュアワー、



もう乗れないほどすし詰めの電車に



駅員が体を押して、また詰めこむのだ。

 


乗り込んだら最後



あとは身動きひとつ出来ず、



若いOLと向かい合ったりすると、



フェロモンと香水で



魚肉ソーセージが破けそうなほど勃起した。

 


なかには私の耳元で



「うふーん」



などと小さい声でささやく



不届きなOLなどもいて、



私の興奮は絶頂までね上がり、



耳まで真っ赤になって鉄棒が



はがねになってしまう。

 


だからいつも



電車を降りて駅のホームを歩くときは、



カバンを股間こかんに押し付けて



へっぴり腰で歩くしかなかった。



ある日、



いつも通りのすし詰めの電車の中にいた。

 


突然、



目にしみるような悪臭が



あたり一面に充満した。



「くっせー。ばっかやろー。だれだ。



よりによってこんな身動き出来ないところで、



くさいしやがって、



見つけたらただじゃおかねえぞ。」



ムカムカ



しながら学校に着いた。 



授業が始まってしばらくすると、



オナラが出たくなってしまった。

 


困ったなと思ったが



我慢するのもつらいので、



音をたてないように出口をゆるめて



そっとらした。 



たいがい、



においはないので安心なのだ。



と思った矢先、



鼻がどうかなりそうなほどの悪臭が



あたりにただよった。

 


あうー、目にしみるー。



あの電車の中のにおいと



まったく同じだー。



「くっせー。」



「だれだー。おまえかー。」



「おれじゃねえ。おれのせいにするな。」



まわりがにおいのぬしをなすり合って



授業が中断した。

 


あの電車のは



私が無意識にしていたのだろうか。 



愕然がくぜんとして



脂汗あぶらあせしたたった。



しかし



どういう訳だろう。



みんなが大騒ぎするのが面白かったのか、



それ以来、



私はおならに異常なほど、



のめり込んでしまった。 



教室で静かに授業を聞いている時、



おならを鳴らすということに熱中しだしたのだ。



皆がざわめくのが快感になって抜けられない。 



そして、



いつのまにか



「へー助」という、



ありがたいのか、ありがたくないのか、



よくわからないあだ名がついてしまった。

 


そのうち音だけでは、



つまらなくなった。

 


「くさい」ということに、



みょうな快感を



おぼえるようになって、



それからは



おならをくさくすることの研究に



没頭ぼっとうしだした。 



肉、ネギ、にら、玉ねぎ、ニンニク、



においが付きそうなものを



手当たり次第、食べた。



ある日、



授業中におならが出たくなった。

 


突然、いたずら心がひらめいた。

 


そうだ。金子だ。 



金子にがそう。

 


音を立てず、



慎重しんちょうにもらした屁で、



においがうえに上がって来る時間を



予測して、



となりの金子に



「ちょっとここわからないんだけど、教えてくれないかな。」



わからないところを聞くふりをして呼んだ。


 

「なにがわからないんだってー。」



金子が調子に乗って



こちらへ顔を寄せて来たのと、



においが上に上がって来たのが



ピタッと一致した。

 


「あっ、くせっ」



顔をそむけて立ち上がっると、



「ハーッ、ハーッ、」



体を折り曲げて吸い込んだ悪臭を



肺から出そうともがいていた。



こんなくさいものを吸い込んだら



肺が腐るとでも思ったのだろう。



「金子ー、なに立ち上がってるんだー。



もっと真面目にやれー。」 



先生がどなった。

 


「ちがいますよ。



こいつがくさいんです。」



「なに馬鹿なこと言ってるんだー。



早く座れー。」

 


先生にしかられて



金子は憮然ぶぜんとした顔で



席に戻った。

 


私は考えてもみないほど



タイミングがよすぎて、



折り曲げた体を



痙攣けいれんさせながら



手足をばたつかせて声を出さずに



笑いころげていた。



しばらくたったある日、



その日は化学の授業があった。

 


化学の授業は階段教室で受けるのだ。



教室は坂になっていて



後ろのほうに行くほど



高くなっている。



私は一番後ろの席の



真ん中あたりに座った。



教壇が一番下に見えている。

 


授業は退屈で頭が悪くて



訳がわからなかった。

 


突然ガス腹になって、



おならが出そうになった。

 


慎重にせんゆるめて



排出した。

 


この頃には研究も進んで、



そうとう



過激なくささになっていた。



期待に胸弾ませて



まわりの反応をうかがっていたが、



なんの反応もなく、においもしない。



「なんだ、つまんない。」



と気分を変えて教壇に目を向けた。 



すっかり



おならをしたのを忘れたころ、



最前列の生徒が



突然立ち上がった。



「くっせー。」



「誰だ。」



「くっせー。」 



そのまわりにいた生徒達も



立ち上がって



逃げまどっている。



先生も顔をしかめて、鼻を手でふさいで、



前のほうをもう片方の手であおぎながら、



「早く窓を開けなさい」



と叫んでいる。 



前のほうの誰かがやりやがったな。



俺と同じ仲間がいたか。



と私は親近感をおぼえた。

 


しばらくして、



また私はガスをもよおして



一発かました。



しかし、やっぱり何のにおいもしない。



「きょうのは臭くないんだ。」



がっかりして黒板を見ていた。

 


先生が一生懸命講義をしている。



「くっせー。」



最前列がすくっと立ち上がった。

 


「だれだー。」



「早く窓開けろー。」



またか、



と先生が一呼吸おいて逃げだした。



「授業にならないなー。 



トイレ行きたい人は行って来なさーい。 



我慢してないで



はやく行きなさーい。」



先生がたまらず訴えたが



誰も行く様子はなかった。

 


こんなときに



トイレなんかに行こうものなら、



あいつがやってやがったのか。



こんな臭いんじゃ、やつの腹の中はくさくそでいっぱいだ。



どうも糞みたいな顔してると思った。



なんてことになってしまうのが関の山だ。 



こうなったからには



死にもの狂いで我慢するにちがいない。



しかしそのときふと、



もしかしてこれは



空気が対流しているせいじゃないのか。



この位置でらした屁が



最前列を直撃しているのではないか、



という気がした。



多分、



屁のかたまりが溶岩のように、



ゆかを流れ下って行って



最前列のあたりで



上に上がっているのだろう。

 


まさしく対流だ。



私は物理学の空気の対流実験を



知らずに行っていたということだったのか。

 


信じられなかった。



あまりの以外さに



異常な快感と興奮が



どっとき上がって、



一人で息も出来ないほど



体を折り曲げて笑い転げた。



そして、誰にもさとられることなく



陰湿な実験を続行し続けた。



犯人がわからないまま毒ガスは床を流れ下って



最前列はそのたび騒然と打ち騒いで立ち上がり



必死に疑われまいと各々(おのおの)が否定する。



私は息が出来ないほど笑ってのた打ち回った。


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