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第7話 暗黒の騎士たち(1)

勇者を返り討ちにした魔王は身体を癒す暇もなく…

※この話は読み終えるまでおよそ5分

 豪奢(ごうしゃ)な玉座の間は惨憺(さんたん)たる有り様であった。

 大理石で出来た床の表面はあちこち剥がれ落ち、絨毯は大量の血液がぐじゅぐじゅと浸潤している。壁と天井には巨大な穴が空き、そこから西陽が差し込み、既に太陽が昇り始めているのが伺えた。


 しかし魔王が座るには少しコンパクトな玉座だけは奇跡的にかつての壮麗な面影をそのまま残していた。


 辛勝。魔王としては忸怩(じくじ)たるものがあるがこの勝利はそう評価するしかない。勇者パーティーを退けた魔王アダルマは勝利にひたる余裕などなく、激しいダメージと魔力の枯渇とで立っているのがやっとであった。

 全身は切傷、擦過傷(さっかしょう)裂挫創(れつざそう)刺創(しそう)と仮に診察を受ければ診断書にはどれだけの創傷(そうしょう)の名前が列挙されるのであろうか。

 また呪文によるダメージも深刻で火傷、凍傷なども数え切れない。


 しかしいまなお魔王を蝕んでいるのは女賢者が命と引き換えに使用した石化呪文である。

 魔王は地水火風の属性、状態異常などのあらゆる呪文に対して耐性を備えている。その耐性は魔王の強大な魔力によって機能してるもので並の術者による呪文では魔王に僅かな傷もつけることは出来ない。


 魔王はその魔力の全リソースを石化に抗するために現在も総動員している。実際、いまその"石化への抗い"を止めれば忽ち石化してしまう。そのため本来であれば備えている各呪文耐性の維持もままならず先程の戦いがさらに長期化していれば敗北を喫していたかもしれない。


 終わってみると勇者パーティーとの戦闘時間は数十分足らずであった。魔王はそのわずか数十分の間でこれまで数百年温存していた魔力を変身に使用し、さらに二体の分身も失ってしまった。

 この分身は正しくは〈魔縁まえん〉と呼称され、この魔縁に自らの能力を分離し〈回復魔法使い〉〈補助魔法使い〉という役割ロールを担わせることで魔王は脅威の三回行動を可能とした。

 しかしこの魔縁二体を失ったことで実質的に呪文の使用が不可となってしまった。


 体力の消耗は激しく、呼吸も未だ荒い。今すぐ横たわり身体を休めたかったがこの巨大化した肉体に合う寝床などこの城には存在しない。そもそもこの身体で自由に出入りができる入り口すらなく、玉座の間から移動すら出来ない。


 勇者パーティーの強襲を退けた今、魔王城は閑散としていた。

 基本的に魔王城内の守りは侵入者を排除するという命令に従うだけの魔王が召喚した魔物が徘徊しているのみである。

 しかし警戒心が薄いという訳ではなく、魔王の強力な結界〈魔の霧〉で魔王城に覆うことで通常視認すら不可能な難攻不落の城であった。


 これまでパンスペルミア大陸に存在する悪の勢力(ディアボリクス)のうち、地上制覇に近いのは〈冥王〉、〈暗黒騎士〉、〈魔王〉の三大勢力であった。


 冥王軍は冥王衛士(めいおうえじ) と呼ばれる最大5万の常備軍を持ち、この大陸の国家を蹂躙して回った。


 暗黒騎士軍は1,200人の魔族兵士で構成された大隊を12個所有しており、数こそ劣るがその兵士一人一人の練度は冥王軍を上回るとされる。


 一方魔王軍は寡兵であった。城に常駐している魔族は30名ほどしかおらず、ほとんどが魔王の身の回りの世話や、(まつりごと)を行う非戦闘員である。常備軍を持たない魔王軍の戦力の中心は魔王が地獄から〈八亡招魂〉という呪禁により召喚した〈八大地獄衆〉という八体の怨霊である。


 八大地獄とは地獄の八つの形相(ぎょうそう)であり、対応する罪を犯したものが落とされる死後の世界のことである。


 1.等活(とうかつ)地獄 → 殺生

 2.黒縄(こくじょう)地獄 → 偸盗(ちゅうとう)

 3.衆合(しゅうごう)地獄 → 邪淫

 4.叫喚(きょうかん)地獄 → 飲酒

 5.大叫喚(だいきょうかん)地獄 → 妄語(もうご)

 6.焦熱(しょうねつ)地獄 → 邪見(じゃけん)

 7.大焦熱(だいしょうねつ)地獄 → 犯持戒人(はんじかいじん)

 8.無間(むけん)地獄 → 阿羅漢殺害(あらかんさつがい)


 この八つの地獄から召喚した八体の眷属こそ、魔王軍最強戦力の八大地獄衆である。


 勇者奇襲の際、異変に気付いた八大地獄衆のうち一体はその防衛に駆けつけたが勇者に敗北し既に消滅している。


 残り七体のうち四体は対暗黒騎士団監視に充てていた。これは通常では考えられない、偏った配置であった。

 なぜそのような対応になったかというと勇者奇襲の前日


(暗黒騎士団との戦闘で勇者が死亡した)


 という怪情報が魔王の元にもたらされたためである。

 直ちにその真偽を確かめたが、結果真実である可能性が限りなく高い、という結論に至った。


 "勇者の死"は魔族にとって吉報というだけでなく、様々な影響を与える。


 勇者が現れるまで悪の勢力(ディアボリクス)の各陣営は地上の覇権を巡り争っていた。人間にとっては傍迷惑な話ではあるが悪対悪のこの身勝手な戦乱は多くの人的被害、物的被害を生み、人類の存亡に関わる事態を引き起こしていた。


 そのとき勇者が地上に現れた。勇者は冥王軍の幹部"護門七卿"の一人を倒し、人類に希望をもたらす。しかし同時に魔族にとってその存在は脅威と認識された。

 そこで三大魔の勢力(ディアボリクス)の〈冥王〉〈暗黒騎士〉〈魔王〉は"勇者の死まで三勢力は争わない"という不可侵条約を締結した。


 この条約の終了条件はもちろん"勇者の死"である。

 勇者の死は同時に三大勢力の地上を巡る戦争の再開を意味していた。


 既にその条約を締結した勢力のうち〈冥王〉は勇者に討ち取られた。よって魔王が最も警戒すべきは〈暗黒騎士団〉であり、それに戦力を傾けるのは当然の判断とも言える。


 しかしそれは結果的には完全に悪手であった。勇者死亡の情報は誤りであった。魔王は情報戦に敗北したのだ。勇者は生存していた、そればかりか魔王アダルマの首を取りに目の前へと現れた。


 昨夜は魔王アダルマにとって青天の霹靂(へきれき)であった。死んだはずの勇者パーティーにより結界を破られ、魔王城への侵入を許し、喉元に剣を突きつけられるまでに至った。


 かろうじて魔王アダルマは勇者パーティーの奇襲を退けたが失ったものはあまりに多い。そもそも自分で自分の全身をまだよく見ていない。いつもよりはるかに高い視点は慣れるどころか気分が悪い。軽く視線を下に向ければ腰から下は毛むくじゃらの不気味で巨大な蛙なのだ。そのおぞましさに目を瞑る。


 そのまま30分ほど身動きをとらずじっとしていた。かつて座り心地が悪いとボヤいた玉座にはこの身体では当然着席することも出来ない。


 酷く喉が渇いているが、身の回りの世話をしていた召使いは生きているのかも定かではない。勇者たちに殺されたか、結界を破壊するための破邪の魔法で消滅したのかもしれない。


 計り知れない疲労と傷を負ったこの身体に睡魔が繰り返し押し寄せる。とりあえず睡魔に身を委ねようとそのまま目を瞑っていると壊れかけた扉を軽快にノックする音が聞こえた。

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