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第24話 お気の毒ですが魔王の能力は消えてしまいました(3)

 アダルマは隠された落とし穴に吸い込まれるように消えてしまった。


「ジャックくん、いまアダルマが落ちたところから私たちも下の階層に行きましょう!ショートカットになるわ!」


 この洞窟が厄介なのはこの"見えない落とし穴"のトラップであった。落ちた穴は再びその場所へ行くと魔術的擬装により塞がっており、冒険者たちは何度も同じ落とし穴に落下してしまう。

 同様の"見えない落とし穴"は複数このフロアに存在し、何度も同じ場所をループするうちにそのまま疲弊し冒険者たちは息絶える。

 実際冥王城へと向かう際、カメリアたちも幾度となくこのトラップにより進行を邪魔され骨が折れた。

 だが冥王城の反対方向へ抜ける場合は却って効率的な近道ともなる。


「く・・」


 先に落ちたアダルマは尻餅をつき、短い手で臀部をさすっていた。


「全くお前は世話のやけるやつじゃ!」


 駆け寄るジャックは手にした松明で周囲を照らした。そこには弔われることのない、力尽きた名もなき冒険者たちの亡骸が白骨化し散乱している。


「アダルマ、あなたは魔導フィラメントが機能していないということは弱体化どころか耐性能力そのものも全て失われているのでは?」


「なんじゃと?」


「普通に考えればそうよ。回復呪文も受け付けないのよ。さっき洞窟前でビヨンドデッド相手にジャックくんが放った呪文でもあなたはダメージを負っていた」


 先程洞窟の入り口に向かうとき、アダルマに纏りつく一つ目のビヨンドデッドを退けるため、ジャックは火炎の高等呪文(ハイマジック)を唱えた。その時火球の一つがアダルマを掠めたが、それに過剰とも言える反応を示し、一目散にその場から駆け出したのをジャックは思い出す。


「ということは今のアダルマはどんな等級(グレード)の呪文でも大ダメージになると?」


「ええ、でも影響はそれに止まらないわ。魔封じ、睡眠など低級の魔物にも効きにくい呪文もすんなりかかってしまうでしょうね。低確率な即死呪文だって一発かも」


「じゃあさっきの猿の化け物が即死呪文を使っていたらやばかったんじゃないのか?」


「ふん!言っただろ、そんなもの余にしてみれば大したハンデにもならん!」


「攻撃も弱い、呪文も使えない、防御耐性もない。いまのお前に討伐ランクをつけるとしたらRクラスじゃ。ある程度呪文が使える冒険者であればやられるぞ」


 冒険者ギルドに登録されたクエストでは討伐する魔物のランクが設定されている。

 RからURの大雑把な4つのランクだが、仮に本来の魔王をランクすれば災害レベルとも言われるURクラスに認定されるだろう。


「ま、まぁ耐性がないのであれば防具や道具でカバーするのがセオリーよ」


 カメリアはこの時アダルマをフォローしたいのか、それとも弱体化の極まった魔王に運命を賭けてしまった自身を慰めるための言葉なのかは自分にも分からなかった。


 ジャックは周囲を見渡すと空っぽの宝箱があり、その横には誰かが着ていたと思われるローブらしきものが寂しく放置されていた。


「おい、これはまぁまぁ使えるやつだぞ」


「魔法のローブだわ」


 〈魔法のローブ〉というこの何の変哲もない名前の防具は街で購入出来るものとしては上等で、わずかであるが呪文のダメージを軽減する耐性を備えている。

 ただし旅の上級者であれば僅かに物足りない性能で、このアロンギルダへの洞窟に挑む冒険者のレベルであれば無用のものとなったのは想像に難くない。宝箱の中身と引き換えに魔法のローブは打ち捨てられたのだろう。


「・・魔王、黙ってこれ着ろよ」


「余に人間が不要と打ち捨てたものをありがたく身につけろと?」


「そう言うと思ったわ!お前に死なれて一番困るのはワシなんじゃ!良いからめんどくさいこと考えずに着とけ!」


「ふん!余が貴様の想定内の反応をしたとご満悦だな、それは大した慧眼だな!余は不愉快だ!」


 カメリアは少し緊張した声色で意を決してアダルマに尋ねる。


「ねぇ、ずっと考えていたんだけど貴方は私たちとの戦いで、あと二回の変身が可能と言っていたわよね。つまりあと一回の変身を残している。その三段階目の変身をすることでこの状況を変えることは出来ないのかしら?」


 この問いは常にカメリアの頭の中に存在していた。しかしその回答を聞くのが恐ろしかった。最後の変身は現在の惨状をひっくり返すだけでは止まらない可能性がある。


 魔王は少し間を空けてどこか粛々とした様子で答える。


「変身するのは可能である。だが余の望みはこの地上の覇権を握ることであり、破壊することではない」


「それはどういうことじゃ?」


「余は死にかけた。貴様らが考えている以上に死の寸前にあった。だが死の淵で第三段階の変身、つまり最終形態の深淵を垣間見た。最終形態となった余は暗黒騎士全員はもちろん、悪竜やその他の魔族全てを殺し尽くすだろう。だがそれに止まらない。人間も、動物も、植物も全ての生命を最終形態の余は奪うだろう。この地上は死で満たされるがその状態を余の勝利と言えるか?」


 アダルマの第二段階の変身はアダルマの〈過去〉を全て食い潰すものだったが、第三段階は〈未来〉の可能性全てを要求するとでもいうのだろうか。


 ジャックとカメリアにはそれが真実か否かを確かめる術はない。

 しかし魔王自身にも今以上のリスクがあり、人類にとって最悪の厄災となる可能性は充分に感じられた。

 何よりこれほど追い詰められた魔王がその最終段階への変身を躊躇っているのだ。それだけで一定の真実味はあると思えた。


「わかったわ。貴方だけではなく、私たちにも大きなリスクがありそうなのは確かみたいね。でもいまの貴方ははっきり言って無力よ」


 カメリアは忖度なくアダルマを辛辣に評した。


「それは余が貴様らにとって利用価値すらないと言っているのか?」


「今のところはね。でもジャックくんは貴方に賭けた。そしてそのジャックくんに私は賭けた。それに何よりいま他に縋るものなんてないもの」


 それはジャックも同じだ。アダルマとの同盟に地上の運命を賭けた。しかし、賢者カメリアをもってしても縋るものがないと言うほど現在の状況は困難に満ちている。


「でも貴方にはまだ強力な眷属が存在している」


「それは八大地獄衆じゃろ。いまの魔王の命令なぞ聞かないどころか敵にさえ回る可能性が高いんじゃぞ」


「本当にそうかしら?貴方のいまの状況は八大地獄衆には伝わってないのよね?」


「そうだ。さっきも申したとおり、あくまで余からの一方的な認知だ。連中が余の状態を知る術はない」


「ではいまも八大地獄衆は貴方の支配下にあると誤認したままよね」


「そうか!そうなると今もまだ魔王を恐れているのか?わはは!滑稽だな、鎖が外れたのに気付かずに檻でじっとしている猛獣みたいなものか」


「ふふ、貴様のその例えは余の好みだ。そのとおり。間抜けだな」


 アダルマはジャックの喩えが的を射ていて、この場でアダルマだけが知る凶悪な眷属たちが今も魔王からの命令を待っているのを想像して可笑しくなった。


「じゃあその例えに乗っかると主人がこっそり猛獣の鎖を繋ぎ直すことは可能?」


「可能であろう。だが八大地獄衆を現世に呼び寄せたのは単なる召喚呪文ではない。発動するには条件がある」


「勿体ぶるなよ!なんかいけそうじゃねえか」


 ジャックはわずかに希望を見出し顔が綻ぶ。


「しょうがない、本来秘中の秘だぞ。八大地獄衆との契約は魔王城でのみ可能だ。余に再び魔力が戻り、魔王城で"再契約の儀"を果たせば八大地獄衆を再び余の制御下に置くことが出来るだろう」


 その時洞窟の奥から耳をつん裂く咆哮が上がった。

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