モノクローム・シャトヤンシー(7)
「お帰り、ラウール」
「……ただいま……。もうとっくにお休みになっていると思っていましたが。兄さん、まだ起きていらしたんですか?」
「まぁね。言っておくが、僕は何も言わずに出て行った弟を心配できない程、薄情じゃないぞ?」
「あぁ……でしょうね。それは十分、存じていますよ」
こっそり出て行って、こっそり帰ってこようと思っていたのに。出入り口に据えられた窓際のテーブルには、呆れ顔のモーリスが既に座っていた。そんなモーリスの様子に……少々バツが悪い思いをしながら、出入り口に使っていた窓から帰宅するラウール。自分の家であれば窓から出入りする必要もないが、今のこの家には面倒な同居人がいるせいで……仕方なしに窓を使ったのだ。……お行儀が悪いのはもちろん、重々承知している。それでも、そんな弟を嗜める事もせずにモーリスは嬉しそうにニコニコしながらソーニャを呼ぶと、コーヒーを淹れてくれるようにお願いし始める。
「……兄さん。こんな時間にコーヒーを飲んだら、眠れなくなりますよ?」
「大丈夫さ。僕は明日、遅番なんだ。……だから、少し夜更かしできた方が都合がいい」
「そういうものでしょうかね? それと……なんですか、さっきから。……俺の顔に何か付いてますか?」
「いいや? そういう訳ではないのだけど……お前がどこに行っていたのかを考えたら、とても嬉しくてね」
「……」
どうやら今宵意地悪なのは、兄の方らしい。ラウールがどこに行っていたのかをしっかりと把握しつつ、尚も楽しそうに笑いながら……悪戯っぽい態度を崩さないまま、1つの箱を持ち出してくる。
「あぁ、ソーニャも一緒にどう? 今日は折角、ロンバルディアの中央街に出かけてきたから、みんなで食べようと思ってお土産を買ってきたんだ。悪いんだけど、取り皿も一緒にお願いできるかな」
「かしこまりました。それにしても……フフフ、どんなお土産を買ってきてくださったのかしら? 是非、ご一緒いたしますわ」
「……兄さん。それ、もしかして……?」
お願いされたコーヒーを3人分用意しながら、ソーニャがテーブルに加わるのを見計らって、モーリスが箱の中身をお披露目し始める。そうして、取り皿に並べられたそれは……あの日と同じように、誇らしげにイチゴをしっかりと乗せていた。
「見たら久しぶりに食べたくなってしまってね。普段はあまり甘いものは食べないけど……たまには贅沢もいいだろう?」
「そう……ですね。たまには……こういうのも悪くないですね」
「私はたまにはじゃなくて、いつでも歓迎ですわ」
「……ソーニャは俺以上に欲張りなのだから。……強欲の通り名、譲って差し上げましょうか?」
「あら! そんなことありませんよ? 甘い物好きは、乙女の特権ですわ!」
「そろそろ、何でもかんでも乙女の特権だとか夢だとか……そういう甘ったるい思想で片付ける思考回路からは、脱却したほうがいいと思いますよ?」
「まぁ、失礼な! あいも変わらず、ラウール様は可愛げがないんですのね? 全く……こうしてお土産を用意してくださるモーリス様を、少しは見習ってくださいませ」
そんな事をソーニャと言い合いつつも、今夜ばかりは素直にケーキにフォークを落とすラウールの様子に、モーリスはどこか満ち足りた気分にさせられる。
一緒に暮らしたのは、たった数年だったかもしれない。それでも……彼が残してくれた思い出は確かに温かいものだったのだと、モーリスは目の前の誕生日の記憶をじんわりと噛み締めていた。
【おまけ・キャッツアイについて】
本来の正式名称は「クリソベリル・キャッツアイ」。
アレキサンドライトと同じクリソベリルの仲間に対しての名称で、ただただ“キャッツアイ効果”が出ているものと混同されがちですが。
「クリソベリル・キャッツアイ」の方はかなり希少な宝石です。
尚、先述の“キャッツアイ効果”を別名「シャトヤンシー」と申しまして。
加工の工程により、内包物と光の加減で猫の目のような光彩がルースに差す事象のことですが……生憎と、この効果が発生するのはクリソベリルだけではないんですね。
そのため純粋に「キャッツアイ」という場合は「クリソベリル・キャッツアイ」を指すことが多い一方で、トルマリン・キャッツアイやらクォーツ・キャッツアイやらと……この効果が出ている宝石が「キャッツアイ」と認識されている事もままあるみたいです。
何れにしても、まるで猫の瞳のような輝きはどこか惹き込まれてしまいそうな魅力があるのも間違い無く。
とある時の総理大臣が、約1000万円程で持ち帰ったのも頷ける……訳ではないんですけれども。
……作者(@一般庶民)の感覚ではどうも、宝石の価値は計りかねるものがありますね……。
【参考作品】
特になし。
なお、余談ですが「テオ」と「ヴィクトワール」に関しては、これまた『怪盗紳士・アルセーヌ・ルパン』シリーズから拝借しています。
とは言え……ヴィクトワールは乳母という設定以外は別物ですけれども。




