モノクローム・シャトヤンシー(6)
かつての住処から、ひっそりと片田舎に佇む古城にたどり着くと、ゆったりとソファに身を預けては……フゥ、とため息をつく。息子の墓前には、孫の片方しか来なかったが。それでも、久しぶりに元気な姿を見られたのは何よりだ。
(それにしても……ほんに、寂しいことじゃのぅ。本当はここで一緒に暮らせれば、いいんじゃけどなぁ……)
そんな事をぼんやり考えて……息子の死際を想像しては1粒、また1粒と涙を溢す。自分達が侵入者にさえ気づけていれば。自分達が……もっと早くイヴの異常に気づけていれば。今となっては、後悔しか浮かばないこの身がますます恨めしい。
身近な家族さえも守れなかった、自身の不甲斐なさに打ちのめされたブランネル・グラニエラ・ロンバルディアは……生前退位を決意するとともに、孫達を見守るつもりもあって彼らの店がある片田舎の領主に収まっていた。本当は彼らをここに招き入れて、一緒に暮らすつもりだったのだが。余程、あの店に思い入れがあると見えて……結局、こうしてぽつねんとホットワインを傾ける羽目になっている。その顛末はどこまでも自分のせいである事は自覚しているつもりだが、実際にこうして置き去りにされると、寂しさに凍えてしまいそうだ。
(まぁ、仕方のないことかの。あの店は……何せテオが遺言を残してまで、あの子達に遺したものじゃったし……)
まさか自分の寿命が30にも届かないとは思ってもいなかっただろうが、仕事の性質上……長生きできない事は薄々、感じ取っていたらしい。それもそのはず、彼の仕事はある意味で同族狩りにも等しく、余計な恨み辛みを買う事も多かっただろう。それでもテオがその仕事に情熱を傾けていたのは、正義感以上に……父親である自分のためだったのだと思うと、情けない。
(……余がもっと早く退位していれば、こうはならなかったのかのぅ……)
***
「うぬ? どうしたのじゃ、アンドレイ。こんな夜更けに……そんなに慌てて……」
「お休みの時刻に申し訳ございません、陛下。……ですが、至急お伝えしなければいけないことがございまして……」
「……一体、どうした? ……何があったのじゃ?」
就寝の支度をしているムッシュの元に、まるでこれから出陣とでも言わんばかりの軍服を纏ったアンドレイ副騎士団長が部屋に駆け込んでくる。そんな彼の息の上がり方からするに、余程の事態が発生したのだろう。その様子に何かを覚悟すると、着替えたばかりのネグリジェを早々に脱ぎ捨て、出かける準備をし始める。
「話は馬車の中で聞くとしようかの。……とにかく、行くぞ」
「ハッ!」
そうして駆け込んだ馬車の中で、事と次第を把握すると……いよいよ自分の詰めが甘かった事に頭が痛む。まさか……何よりも信頼していた王立病院の医者の中に、研究関係者がいたなんて。
「……それで、彼女は今……どんな状態なのじゃ?」
「自身も死際を弁えていたようで……暴れる場所はきちんと選んだみたいです。現在、ミットフィード森林には既に捕獲部隊を向かわせていますが、パーフェクトコメットの最終形態ともなれば……手こずっている事は間違いないかと」
「……パーフェクトコメット、か。なんとも……なんとも因果な名前じゃのう……。他に言いようはなかったのかの……」
「大変失礼いたしました。そうですね……この場合はイヴ、と呼んだ方がよろしいですね」
***
(じゃが……いくら急いでも、遅かった。あの時……あの時……もっと早く気付いていれば……!)
結局、ムッシュが辿り着く頃には既に……全てが終わった後だった。
その場に居合わせた者によると、テオはあろう事か暴れるイヴを諌めようと単身、丸腰で彼女に向き合ったが……彼女の方に中途半端な理性が残っていたのが、何よりも悪かった。目の前で自分に話しかける者が誰なのかを理解した途端に、イヴはとうとう理性を振り切り、泣き叫びながらも最後の閃光を放ち始め……彼女の放った強い光はすぐ近くにいたテオを焼き尽くすのに、十分すぎる威力を発揮したらしい。そうして、何故か居合わせていた自身の息子達には……ご丁寧にも父親の遺骨と、目の前で両親を失うという最悪の思い出を遺して……漆黒の夜空に彗星となって散っていった。
(あの時……本当はラウちゃんも泣きたかったんじゃろうなぁ……。本当に……本当に……救われぬ事よのぅ……)
今度は父親の遺骸に縋って、泣きじゃくるモーリスの横で……茫然と佇むラウールの姿が鮮明に思い出される。そして……その時に彼が呟いた言葉の真意を想像すると、いよいよやりきれない。
“やっぱり……今までの事は全部、嘘だったんですね。……楽しかった事も、温かかった事も……”
“どうし……たの? ラウール……?”
“だって、そうでしょう? この人が言っていた愛というものが、本当にあるのなら……。どうして、俺はこんな時にさえも……涙1つ、流せないままなのでしょう……!”
涙を流せないのは、きっと彼のせいではないだろう。そういう生き物だから、と言ってしまえばそれまでだが……奪われているのは涙以上の何かなのだと思うと、自分の涙の方はいよいよ止まらない。代わりに涙を流す事はいくらでも、できる。だが……彼が望んでいるのはそんな事ではないことくらい、ムッシュは十分過ぎるほどに理解していた。




