モノクローム・シャトヤンシー(2)
次の獲物を探しあぐねている間に、窓際で商売道具の手入れをするものの……兄がどこに行ったのかを考える度に、じわじわと腹の底に溜まる澱みをどう片付けていいのか分からない。
怒りでもない、寂しさでもない。明確な説明はできないけれども、モヤモヤとした何かを綯交ぜにした、妙な感情。その違和感を必死に振り払いながら……4種類ある虎のマスクを順番に磨き上げるが。手入れついでに手元の漆黒に嫌な事をつい、思い出す。このマスクは元々、自分達を助けにきたらしいヒーローの置き土産でしかないはずなのに。どうして自分はさも大切そうに……こんな物を磨いているのだろう。
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「さぁ、いよいよ今宵最後にして、最大の目玉商品のご紹介です! ある貴族様の屋敷から流出した、貴重なアレキサンドライトのカケラ3体セット! しかも、こっちの出品ナンバー37は滅多に出回らないヒビなし宝石の完成品となります! まずは、金貨5枚から参りましょう! 皆様、奮ってご参加ください‼︎」
身につけているのは申し訳程度の麻布と、凍えるように冷たい金属の首輪だけ。その鎖を無理やり引き摺られて、投げ出された先は……沢山のマスク姿の観客に囲まれたステージだった。自分が置かれている状況さえも飲み込めないまま、頭上から降り注ぐ強すぎる光に目眩を覚えながら辛うじて保たれている意識が、何やら競うように手を上げる観客達の喧騒を僅かに捉えている。
(……このまま……俺達はどうなるのだろう? ……また……見世物にされて……殴られたりするんだろうか……)
自分の意識さえも自分自身を諦めている中で、朧げな景色の先から一際大きなどよめきが聞こえてくる。大きな歓声に怯える母親に身を引き寄せられると同時に、確かに彼女の震えが伝わってきて……そんな母親を見上げれば。彼女はいよいよ牙を剥き、自分達を最後の力で守ろうとしているらしい。
美しくも儚く、ひび割れた紫色の瞳。彼女の瞳の色に何かを悟ると同時に、次第に鮮明になる覚悟。なけなしの気力を振り絞りながら、目の前を窺うと……いつの間にか現れた真っ黒な衣装に真っ黒なマスクをした男が、同じようにこちらを見つめていた。
「お、お客様! 提示金額でお買い上げいただくのは結構ですが、お品物は後でお渡しします! ステージに上がるのは、ご遠慮ください!」
「おや。そのワガママも含めて、白銀貨50枚を提示したつもりだったのだけど。……足りませんでしたか?」
「い、いや……」
彼らの会話の意味は分からない。だけど、目の前の黒い奴が今度は自分達の所有者になる事は、間違いないらしい。……そんな事を考えると、沸々と改めて怒りが込み上げてくる。しかし、男の方はどうやら手荒な事をするつもりもないようで……すぐさま自分の羽織っていた外套を脱ぐと、母親の肩にさも優しげに被せ始めた。
……これは、何の冗談だろう?
初めて触れるよく分からない感覚に、今度はやっと鮮明になりつつあった脳裏が混乱し始める。
こいつは誰だ? 何をするつもりなんだ? ……自分達を……どこに連れて行くつもりなのだろう……?
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(本当に趣味が悪い。真っ黒なマントに、真っ黒なマスク。それで、真っ黒なシルクハット……何もかも、本当に……)
そんな事を考えながら目を伏せて手元を見つめると、自分を覗き込んでいた瞳さえもマスク越しに思い出されるようで気分が悪い。
当時は幼すぎてすぐには分からなかったが、あの瞬間から自分達は“保護された”という境遇にあったらしい。継父・テオは王子でありながら……とある王族の失策を拭うために連日、カケラ達の保護と密売ルートの洗い出しという汚れ仕事をこなしていた。だから自分達は彼の仕事の延長上で、ただただ保護されただけに過ぎない。きっと……彼が父親を名乗り始めたのは、自己顕示欲を満たすためだ。
なのに……そんな事を一方的に決めつければ決めつける程、喉元を詰まらせるような何かが腹の底からジワリジワリと上がってくる。
(どうせ……俺達の保護は、ただの仕事でしかなかったはずなのです。ただ……ただひたすら、それだけです)
結局、いつものように分かりかけている何かを必死に振り払いながら、抵抗しては感情そのものを否定する。そんな事を繰り返す度に自分自身も辛くなる事も、よく知っているはずなのに。それでも……あの日があったせいで、何もかもを全否定しなければ自分を保てない程に、テオの面影はラウールの記憶に深く深く刻み込まれていた。




