モノクローム・シャトヤンシー(1)
「……モリちゃん、久しぶりじゃの。フゥム……今年もラウちゃんの方は来なかったか。なんじゃ……あの子は相変わらず、ツンツンしておるのかのぅ」
「お久しぶりです、白髭様。今年もお参りが僕1人になってしまって、申し訳ないのですが……ラウールの人見知りは今に始まったことではありませんから。許してやってくれませんか」
「許すも何も……どちらかと言うと、お前達に許しを乞わなければいけないのは、余の方じゃろ。もっと早く気づけていれば、こんな事にはならなかったじゃろうに。余が気づけていれば、テオもイヴも……今も生きていたかもしれんのぅ……」
深い紫色のユーストマに、可憐なデルフィニウムとスプレーマムを合わせた花束を供えながら、ため息の主に向き合うモーリス。一方で彼の緑色の視線を確かに受け止めた後に、ムッシュも花を手向けると……誰とはなしに呟く。
「お前さん達も、もう25歳か。ほんに、時が経つのは早いの。あれから……もう14年にもなるんじゃな……」
「そうですね。本当に……時が経つのは、早いですね」
もう片方とは違い、素直に寂しそうな笑顔を見せながら、独り言にもきちんと応じるモーリスに、どこか救われた気分にさせられるムッシュ。その力ない微笑に、かつて正義に燃えていた息子が守れなかった家族に思いを馳せると……愛しい孫達との出会いの記憶も鮮明に思い出していた。
***
「テオ……その子達はどうしたのじゃ? それに、今何と? 結婚するじゃと? 一体、誰と⁇」
「急な話になってしまい、すみません、父上。僕は……この子達の母親に一目惚れをいたしまして。……この先も彼女達を守るためにも、一緒に暮らしたいのです」
「暮らすって……まぁ、余はお前が選んだ相手であれば、誰でも構わぬが……して、そのお嫁さんはどちらかの?」
「こちらにはいませんわ。……現在、特別病棟で治療中です」
困惑気味に父親に結婚報告をしている息子を横目に、少し不機嫌そうな声色で側に控えていたヴィクトワールが口を挟む。彼女の言葉が意味するところを逡巡すると……花嫁が特殊な存在である事も理解するムッシュ。そうして、その答えを確かめるように、テオが連れている子供達を改めて見比べるが。明らかに普通の子供でもない事をまざまざと見せつけられた気がして、今度は遣る瀬ない気分にさせられる。
歳は……多分、5〜6歳。きっと、双子なのだろう。同じ黒髪に、同じ緑の瞳。幼いながらも、まるで作り物のように整った顔立ちに……ビスクドールの様に艶やかな肌。間違いない、このあまりに整いすぎた人形のような姿は……。
「あぁ、そういう事かの。……先日、イレギュラー種が見つかったと言う話だったが。まさかこんなにも早くお目にかかれるとは、思いもせなんだ。して、その子達の名前は……?」
しかし、何気なく呟いたその言葉が殊の外、気に入らなかったのだろう。少し離れたところでポツリと立っていた方の男の子が、噛み付く様に低く呟く。
「……俺達は所詮、商品です。……名前なんて、ありません」
「あぁ、すまぬの。今のは別に、そういうつもりで言ったのではないぞ? そうか、そうじゃよな。ほんに、すまんの。お主にしたら、そんな風に言われるのは……この上なく、不愉快じゃろうな」
獰猛な唸り声を上げながら、こちらを睨み付けている男の子の気持ちを宥めるように、誠心誠意詫びるムッシュ。しかし、尚も怒りが治らないらしい男の子を慰めようと、今度はテオが駆け寄って手を繋ごうとするが……その手すらも強か弾き返して、彼からも一定距離を保とうと、部屋の隅に避難し始める。それでも心配そうにもう片方の男の子を見つめては、カーテンの影からこちらを窺っている様子に……彼にもしっかりと感情があるのだと理解すると、先程まで人形みたいだと思った事が、いよいよ申し訳ない。
「何度申したら、分かるのです! テオ様に無礼な事をするなと……!」
「いいんだ、ヴィクトワール。……突然、僕が父親を名乗ったところで、怯えるのも無理はないんだよ。今まで……特にこの子は辛い思いをしてきたのだから。だけど……そうだね、名前くらいは付けさせてくれないかな?」
「お断りです。……俺は別に、名前なんかいりません」
「僕は……名前、欲しいな……」
「な……兄さん、何を言ってるのです? 俺達は……」
「うん、分かってる。でも……大丈夫だよ。この人は……多分、大丈夫」
「……」
その答えにさも悔しそうに、カーテンを小さな手で握り始める弟を他所に……テオを見上げる兄らしい男の子。彼の眼差しに促されるように、テオが抱き上げてやると……兄の方は嬉しそうに笑顔を見せる。
(あぁ、なるほど。……お兄ちゃんの方は飾り石なのじゃな。だから……弟くんの方が、その分……)
小さな体に目一杯詰め込まれた警戒心の元凶を考えれば、彼の拒絶は当然というもの。そしてテオはその埋め合わせをしようと、そんな事を言い出したのだろう。だとすれば……息子の望みくらいは是非、叶えてやらなければ……。
***
「そうでしたね。あの日は……全く、ラウールの人見知りは一向に治らないのだから」
「仕方ないじゃろ。あの子のツンツン加減は多分……一生治らないんじゃないかの。それはそうと、モリちゃん。この後、時間ある? 良ければ、久しぶりにお話ししたいんじゃけど。のぅのぅ。爺様の話し相手になってくれんかの〜?」
「えぇ、もちろんですよ。まだ時間もありますし、是非にご一緒します」
「ムフフ! やっぱりモリちゃんは素直でいい子じゃの。余は大感激じゃ!」
いつもながらに素直なモーリスの柔らかな返事をもらって、ようやく気分をちょっとだけ上向かせるムッシュ。やはり墓地というのは……気分も湿っぽくなるから、いけない。




