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ヒースフォート城のモルガナイト(20)

 帰りの馬車の中で明日からの勤務について、思いを馳せるモーリス。結局、弟はモノの見事にお嬢様方全員を、この上なく嫌味な言い回しかつ、意地悪な方法で玉砕したみたいだが……その顛末を想像すると、今から非常に気分が重い。特に勤務地は違うとは言え、ブキャナン警視は()()()()()()でもあるため、足りない威厳を埋め合わせようとする向上心も人一倍強い。そんな無駄に高い向上心を、上から弾き落とされたとあれば……彼がそのまま黙って引き下がるようにも思えないのだが。


「しかし……警視は結局、どうしたかったのでしょうね? 俺を娘婿にしたところで、面白味もないでしょうし、互いにうまくやっていけるとは到底思えないのですけど。それなのに……娘を俺なんかとくっ付けてまで()()()()に仲間入りしたいんでしょうか? あそこまで必死だと、最後の最後まで無様ったらありません」

「あぁ……ブキャナン警視はちょっと特殊な存在だからな。貴族なのは本人ではなく、奥様の方なんだよ。ブキャナン姓はそもそも、奥様のファミリーネームみたいだし……だから、箔をつける意味でも警視に収まったみたいなんだけど。……上昇志向も一流なものだから。とは言え、僕達は王族でもなければ、継承権もないわけだし……その辺の誤解はサッサと解かないといけないな……」

「あら、その必要はありませんよ? モーリス様もラウール様も、王家側は後継としてしっかり認めているみたいですし……現に、ブランネル公はあなた様達にもきっちり領土と財産を残すおつもりで、ご準備されていますよ? まぁ、テオ様への贖罪の意味もあるみたいですけど……」

「……俺の前でその名前、出さないでくれますか。非常に不愉快です」


 ブキャナン警視の話をしていたのにもかかわらず、ソーニャが()()の名前を出した途端、ピシャリと拒絶の言葉を吐きつつ、急激に顔を曇らせるラウール。それ以上の会話は憚られると言わんばかりの苦渋の表情に……相変わらず、弟は継父のことを認められずにいるらしいと、モーリスはため息をつく。


(ラウールがそう言うのも、無理はないか……仕方ない。今度の墓参りも、僕だけでしてこよう……)


 来月……9月28日は継父と母親の命日であるが、当然ながら、きちんと墓があるのはテオの方だけだ。母親の遺骸はないどころか、砕け散って方々で行方知れずのまま。しかも悪い事に、複数核のイレギュラー種でもあった彼女の()()()は形を留めていた時と同じ種類の宝石とは限らない。

 確かに大元にアレキサンドライトを核石として持っていた彼女は、()()()()そのカケラではあった。しかし、普通のカケラではあり得ないはずの出産を経験し、結果、自らと同じイレギュラー種(ジェムの完成品)を含む双子を産み落とした。

 他の鉱石を取り込み、自らの力に変換し……結果、耐性や殺傷能力を飛躍的に高める能力を持つ完成品。ラウールの誕生は歴史の裏に隠蔽されてきたカケラ達が、何にも勝る()()である事を何よりも証明した瞬間でもあった。


「まぁ、それはともかくとして……今回は俺もちょっと楽しかったですよ。……もう1度と言われても、絶対にお供はしませんが。あのホテルのコーヒーとヒースガーデン(思い出)はいい感じでした」

「そうか? ……それは何よりだよ。とにかく、今回はみんなお疲れ様。なんだかツアー旅行が妙な感じになったけど……確かに、それなりに楽しかったかもな」

「ウフフ、私達はしっかりツアーにも参加できましたしね。それにしても……あんなに綺麗な名所がいっぱいあったのに、お嬢様方はよろしかったのかしら? ……ラウール様なんか追いかけていないで、一緒にツアーに出かけた方が有意義だったと思いますけど」

「……俺なんか、の言い回しに含みを感じますが……ま、我ながら、それには同感ですね。……()()()()を追いかけるよりは、きちんと自分に似合う相手を探す方が遥かに賢明でしょう。本当に……下らないったらありません」


 最後はいつも通りの嫌味な調子を取り戻しながら、馬車の外の景色を見やるラウール。しかし、彼の緑色の瞳にやり切れない寂しさを見出すと、モーリスは仕方なく少しだけ肩を落としては……献花用の花束の予約を忘れずにしておかなければと、ひっそりと考えていた。

【おまけ・モルガナイトについて】

かつては「ピンクベリル」と言う名称で出回っていた宝石で、エメラルドやアクアマリンと同じベリルの仲間に属する宝石です。

モース硬度も7.5程度あり、それなりに硬い宝石ではあるはずなのですが……。

傷を内包しやすいというベリルの特性上、エメラルドと同様、かなり脆い部分があります。


モルガナイトの呼称は宝石愛好家でもあったJ・P・モルガンに因むとされ、特に上流階級の間ではその所有がある意味でステータスになった時代もあったとか。

その様子は「グレート・ギャツビー」にも描かれており、羨望の眼差しを集めていました……多分。

……まぁ、そんな事を考えながら、作者は想像を膨らませるだけなんですけども。

何れにしても、庶民には羨ましがる余地すらない程に貴重な宝石であることは間違いないと思います、ハイ。


【参考作品】

『グレート・ギャツビー』

『灰かぶり(シンデレラ)』


登場人物の名前やジェイの過去について、かなりの部分を参照にしております。

なお、シンデレラの方は削ぎ落とされた方ではなく、グロありの方を引っ張ってきています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 宝さがし、面白かったです。 各所にちりばめられた情報が最後に一気に収束していくのは、見事だなと思いました。 こういうキレイにまとまったお話を書くのって難しいんですよね。 宝の正体が宝石では…
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