ヒースフォート城のモルガナイト(19)
「……しかし、ソーニャ。どうして、君はそう……俺には意地悪なんでしょうね?」
「あら? 私は意地悪をした覚えはありませんよ?」
長かったようで短かった、6泊7日の滞在期間の最後の朝。モーリスがチェックアウトをしている背後で、ソーニャを詰るラウール。しかし相変わらずの不機嫌そうな彼の顔に……どことなく、柔らかな空気を感じ取ったソーニャがクスクスと笑い出す。
「でも……そのご様子ですと、とてもいい暇つぶしにはなったのではなくて? いかがでしたか、モルガナイトの物語は」
「まぁ、確かに。それなりに面白かったですよ。……俺自身も、大切なものを見つけられた気もしましたし」
ガラスの靴の持ち主を探し出したがために、貧しい暮らしを余儀なくされた王子様。それでも、彼はきっと自分だけの愛しい相手を見つけられて……孤独と寂しさを、確かに埋められたのだろう。自分の財力に群がる上辺だけの繋がりではなく、本当の意味での親友と伴侶を得られた彼は……あの裏庭の“アルボレア”をきっと、満ち足りた気分で眺めていたのだと思いたい。
(……人とカケラの愛……ですか。それが成立するのかどうかは未だに分かりませんし、認めたくもありませんが。……この場合は、確かに本物が存在していたのだと、素直に考えた方がいいのかもしれません)
しかし、そんな風に1人で満足している彼の上機嫌が長く続くはずもなく。最後の最後まで、何かの嫌がらせかと思える程に、彼に食らいつくお嬢様方がこちらに向かってくるのが見える。そんな彼女達の様子に、非常に苦々しい気分になりながらも、答え合わせに付き合うのも最低限の義務だと思い直し……答えを一応、聞いてみるラウール。
「ラ、ラウール様! 私なりに一生懸命、答えを探してまいりましたわ!」
「私もですの! 是非、ご確認いただけません事⁉︎」
「えぇ、もちろんですよ。それで……皆様の答えはどのようになりましたか?」
どうせ正解はないだろうと高を括りながらも、彼女達が差し出す答えを見比べながら……予想通りの不正解に、意気揚々と不合格を言い渡す。
「まずはご苦労様……とでも申しておきましょうか。皆様それなりに健闘したようですが……全員ハズレです。残念でした」
「な、なんですって⁉︎ 私の用意したお品物の、何が気に入らないのですの⁉︎」
「そうですわ! 大体……答えは何だったのですか⁉︎」
めいめい骨董品やら、指輪やらを選んできたようだが……当然ながら、ラウールの求める答えに足るものは何1つない。その惨敗にいよいよ納得できないとばかりに、ラウールに詰め寄るお嬢様方の様子を面白そうに見つめるソーニャが、そもそもの出題内容を尋ねる。
「……ところで、ラウール様はどのような問題を出題されたのです?」
「あぁ。ソーニャにも一応、出題しましょうか。それは形や種類は非常に豊富で、人によって価値も違う。ただ、価値はそれなりに高いので、贋作もたくさん出回っています。それで、俺が欲しいのは本物の方。……さて、この答えに心当たりはありますか?」
「まぁ、随分と理不尽な上にスカスカな問題を出されたのですね……。これでは王族と関わりが欲しいだけの方々には、正解を導き出せないのも無理はありませんわ。ふふ……それはさておき、敢えて私が答えを出すとすれば、それは乙女の憧れ……本物の愛でしょうか? 愛は形も種類も様々です。しかし……相手を慮る気持ちは値段などつけられないほどに、貴重な物なのです。ですから……この問題の答えには、そもそも確固とした形はありませんわ。いつかは壊れてしまうガラクタを選んだ時点で……皆様の不合格は当然ですね」
「あ、愛ですって⁉︎ で、でしたら私だって……」
「ふふ、あなた様にそれを存分に示せるとでも? ……大事なのは互いの外見や地位ではありません。相手を慈しみ、気遣う事のできる素養です。そもそも、ラウール様にこんな問題を出題させている時点で……あなた達は不適格もいいところでしょう」
「何ですって⁉︎ 大体、そういうあなたは何様なのよ⁉︎」
「そうよ! タダの使用人のクセに、偉そうに……!」
「まさか、皆様は私の事を使用人だと思われていたのですか? まぁまぁ……あれだけモーリス様とベッタリだったのに、それすらにも気付かれないなんて」
「えっ……?」
勝ち誇った笑顔でソーニャがそんな事を答えているタイミングで、渦中のモーリスがやってくる。そうして……彼の腕に当然のように抱きつくソーニャに、抱擁を振り払うこともなくどこか恥ずかしそうに頭を掻くモーリス。
(あぁ、なるほど……これはソーニャの粘り勝ち、と言ったところでしょうか)
周囲に熱を振りまき始めた2人の様子に、今度からモーリスの事はプレイボーイと呼ばなければと、こっそり思い直す。そして、自分の兄に伴侶ができる可能性など微塵も考えていなかったラウールにとって……その光景は認めたくない誰かさん達の間柄を思い起こさせるような気がして、やや不愉快だった。




