彗星のアレキサンドライト(9)
ホルムズ警部が朝刊に目を通しながら、タバコを蒸していると。慌てた様子で、彼の部屋にやってくるものがある。そうして、やって来た部下を見やれば……随分と取り乱していて、息を整えるやり方さえ忘れてしまったとばかりに、肩を大きく揺らしていた。
「落ち着け、モーリス! とにかく深呼吸! それから、用件を話すのだ」
「は、はひ……す、すみません。……スーッ、ハァー……っと。大変です、警部!」
「どうした、モーリス。何があった?」
深呼吸をしても、やはり落ち着かない様子で事と次第を説明し始めるモーリス。そのやりとりさえも、間抜けに思えるのだが、今気にするべきは彼の報告内容の方だろう。
「昨晩、グリードから予告状が届いたとかで……すぐにでも来て欲しいと、ロヴァニア様が仰っています!」
「やはり来たか……グリードめ。まぁ、こちらもその程度は、予想していた。どうせまた、満月の日に……とか、吐かしているのだろう? よし! 早速、ロヴァニア邸に向かうぞ!」
「は、ハイッ!」
***
「あぁ、どうしましょう警部さん! グリードの奴……予告状をわざわざこんなところに置いていったんです! これじゃぁ、まるでいつでも簡単に盗めますよ、と言っているようなものではありませんか! あぁ、本当にどうしよう⁉︎」
普段から見張りが立っていた上に、定期的にモーリスを始めとする警官達が立ち寄っていたにも関わらず、ロヴァニアが指差す場所にしっかりとグリードの予告状が貼り付けられている。予告状を出してくる事は予想の範疇だったが、まさかこんな場所に予告状を出してくるとは。……ホルムズ警部も予想外だ。
「ググググ……グリードめ……! いくら何でも、お目当ての上に予告状を置くこともないだろうに! 全く、どこまでも人を馬鹿にしおってからに!」
その場にいる全員が予告状……彗星のアレキサンドライトが収まっている、ショーケースの上に貼り付けられている……に注目しており、熱視線を浴びている予告状を摘み上げると、その場で読み上げるモーリス。
“明日の満月の夜、改めてこの屋敷で最も美しい宝石を頂戴することに致しました。
つきましては、皆様に重々ご用心頂こうとお手紙を差し上げた次第です。
それでは、明日……お会いできる事を楽しみにしております。
グリード”
「……なんで、その場で盗み出さないんでしょうね、グリードは……」
「知らん! とにかく、直ぐにこの部屋を中心に厳戒態勢を敷くぞ! モーリス、皆に伝令を!」
「かっ、かしこまりました!」
相変わらず、返事のたびにピョコピョコと間抜けに飛び跳ねながら、敬礼するモーリス。しかし、それでもしっかりとホルムズの指示を受け取ると、キビキビと部屋を出ていった。
「……とにかく、ご安心ください。あいつのターゲットはここにあるのです。ここで張っていれば、間違いはありません」
「そう、ですね……。あぁ、それにしても……この宝石が無くなったら……!」
「大丈夫ですよ、父上。私もここで見張りますから。そう、気を落とさずに。それに……ここでグリードを捕まえれば、父上の株も上がるというもの。この際です、逆にグリードの有名税を我らのものにしてやりましょう?」
「そ、それもそうですね! よ、よしっ! こうなったら、何が何でも、あの小賢しい泥棒を捕まえてやる!」
そうして一致団結すると、互いに興奮冷めやらぬとでも言うように顔を見合わせて頷く、3人。そんな彼らの熱気を他所に、窓の外はいよいよ怪しく闇に染まりつつあり……不敵な怪盗がいかにも好みそうな色彩を孕んでいた。