ヒースフォート城のモルガナイト(16)
次の足掛かりを見失った上に、頼みもしていないご厚意にとことん苦い思いをしながら、再び資料室に足を運ぶ。今日は残念ながら、ニックはいないようだったので……仕方なしに、観光客に混じりながら資料を改めて見つめてみるが。そこに並んでいるのは、どこまでも観光用でしかないヒースフォートの歴史や、今の城の見取り図(ご丁寧に貸し出し可能と書いてある)やらで、あまり求めている回答に引っかかりもしない資料しかない。……と思っていたラウールの目に、少々気になる手帳が置いてあるのが、映る。
(キャラウェイの……手記?)
キャラウェイ? 一体誰だろう……?
そんな事を思いながら、ガラスケース越しに既に綴じ糸が解けて、背表紙と一緒に並べられている中身に目を走らせると……キャラウェイの正体もなんとなく、見えてくる。どうやら、キャラウェイはあの肖像画を描いた画家本人らしい。
手記によると、彼がこの城に呼ばれるようになったのは庭の改修中からのようだ。手記の中には、あの六角形の塔の土台が出来上がったなどという記述があり、六角形の奇妙な建物はジェイが突然改修の内容に加えた……とある。それはつまり……。
(ジェイは最初から、あの塔を建てるつもりではなかったんですね。だとすると……)
ハイデとの出会いは庭園の改修中と言うことか。確かに城の見取り図には、どこをどう見ても塔の記載はなかった。だから、ラウールも塔の存在を後から手帳に記載したくらいだったし、最初から見張り塔だとばかり思っていたので、さして気にも留めなかったが。あの塔が元々は見張り塔ではないと、分かった今……それはジェイの気まぐれで建てられた物ではないことくらいは、すぐに分かる。そして、見取り図では完全に取り払われているはずのエリカが残っているのも、この塔を建てるきっかけになった理由……ハイデの存在と関係があるのかも知れない。
(他の品種はともかく……絵にも描かれていた“アルボレア”は、今もあの庭に植わっていました。庭の見せ方の名残だと、漠然と考えていましたが……。この様子だと……)
ジェイはエリカをなぜか根絶やしにしなかったのではなく、敢えてあの“アルボレア”を残し……ついでに他のエリカも残った、と解釈する方が正しいのかも知れない。だとすると、あの“アルボレア”はジェイにとって思い出の花だったのだろう。エリカ……別名・ハイデ。綴りは……「Hide」……?
(おや? 何かの間違いでしょうかね。エリカのハイデは「Heide」の綴りだったはず……)
手記の内容を訝しく思いながら、キャラウェイの書き間違いかと目を凝らすものの。肖像画関連の記載は全てその綴りになっているので、どうも間違いでもないらしい。……もしかしたら、ハイデの名前はエリカの別名から来ているのではなく……「隠れる」の意味から来ているのだろうか? だとすると……。
(……ジェイの手元にハイデがやってきたのは、1種のハプニングだったのかも知れませんね……)
ベリスとハイデ……ジェイの生涯を大きく左右した、2人の女性。結局、いずれとも結ばれなかった晩年のジェイは……どんな思いで、あの“アルボレア”を見つめていたのだろう。




