ヒースフォート城のモルガナイト(15)
(結局、何もありませんか。本当は塔の中身が重要なのでしょうけど……あぁ、きっとそれは既に回収済みなのでしょうね)
改めて調べてみれば、見張り塔の入り口は見事に塞がれており、中がどんな状態だったのかを窺い知ることはできなかった。仕方なしに、そんな塔の天辺に登って景色を見下ろせば。眼下には市街地が縦横無尽に広がっていて……夜はさぞ足元が眩しくて恋人達好みなのだろうと、相変わらず皮肉っぽい事を考える。そんな若干の不機嫌を募らせているラウールの背中に、神経を更にかき乱すような野太い声がかかる。
「君がラウール君?」
「えぇ、そうですけど。……えぇと、あぁ。あなたがブキャナン警視ですか?」
「おや、覚えていてくれたのかね?」
「覚えていたわけではありません。そちらのお嬢さんが警視のご息女だったと、兄からたまたま聞いていただけです。……それがなければ、間違いなく初対面でしょう。申し訳ありませんが、俺は1人でいたいのです。お散歩は親子水入らずでなさったら、いかがでしょう?」
相手が相手なので、仕方なしに応じてみるものの。彼らのご用件が透けて見えるものだから、とにかく気分が悪い。
確かに彼女には直接出題はしなかったが、おそらく話自体はしっかり聞きつけたのだ。だから慌てて父親同伴でやってきては……父親の威を最大限に借りる事にしたのだろう。兄の立場上、振り払うにはこの上なく都合が悪い相手だが、こればかりは気持ちの問題だから仕方がない。そこまで考えて、今回もしっかり叩き落とそうと意地悪い気分になりながら、相手の言葉を待つ。
「そう言わずに。聞けば、君は他のお嬢様方にはきっちり条件を提示したそうじゃないか。……その事について少々、相談があるのだが」
「あぁ、裏口入学は受け付けていませんよ? そもそも、お嬢さんに出題すらしなかったのは、初日の段階で落選しているからです。……あの無粋な振る舞いを見れば、出題する必要もない事は明白でしたから」
「な、なんという事を! 娘はただ、君が寂しそうにしていたから、仲良くしてやろうとしただけだったのに!」
「俺は別に、寂しいわけではありませんけど。まぁ、いいでしょう。それで……その仲良く、はお付き合いしたいという意味で合っていますか?」
「も、もちろんですわ!」
「……フゥン? でしたら、次からはもう少し、遠慮というものを学ぶべきですね。世の中には、必要以上の干渉を嫌う者も多いのです。特に俺は非常に狭量なものですから……忖度も配慮もできないような、お優しいお嬢様と仲良くお喋りできるほどの度量は持ち合わせていません」
そこまで言いながら、それ以上の会話は必要ないとばかりにブキャナンに背を向ける。しかし、ここまでわざわざやってきて引き下がるわけにもいかないのだろう。更に食い下がる、ブキャナン親子。
「ま、待ちたまえ! 君は娘の何がそんなに気に入らないというのかね? 確かに器量はそこそこかも知れんが、本当は気立ても良くて……」
「あぁ、それ以上は結構です。気立てがいいのでしたら、父親の立場を利用するような姑息な真似はしませんし……そんなに見栄っ張りな足元もしていないでしょう」
「……足元?」
「えぇ、足元。ところで……ブキャナン警視は“灰かぶり”という童話をご存知ですか?」
「その童話がなんだというのだね? まぁ、素直に答えた方がいいのだろうな。えぇと……継母やその娘達にいじめられていた女の子が、王子に見初められる話だったような……」
「そうですね。さて……その灰かぶりが王子に探し出してもらった決め手になったのは、何でしたっけ?」
「ガラスの靴ですわね! あぁ、そういう事ですの? 私の靴がガラスじゃないからダメだと……仰りたいのですか?」
「違いますよ。……灰かぶりを忘れられなかった王子は、落とし物のガラスの靴だけを頼りに彼女を探し始めます。そして、片やガラスの靴は本当の持ち主以外の足を受け入れるほどの度量は持ち合わせていませんでした。華奢で繊細な靴を履くのを、数多の女性達が諦めていくのを尻目に、あろう事か……灰かぶりの義姉は自らの足を削ぎ落としてまで、ガラスの靴を履こうとするのです」
「……そ、それが……どうしたというのだね?」
意図が見えない質問に答えた挙句に、爽やかな朝に似つかわしくない話を聞かされて、呆然とし始めるブキャナン親子。そして……そこまで説明してもその真意を嗅ぎ分けようともしない彼らに辟易しながら、仕方なしに説明を加える。
「血染めの靴を履いて現れた義姉は偽物だと見破られ、結局、彼女の足の手当てをしてやった灰かぶりこそが靴の持ち主だと知れるのですが。無理やり相手のご機嫌をとって、サイズを合わせてみても、不適格者はただひたすら惨めなだけです。確かに、あなたの靴はビロードで美しい物だとは思いますが。サイズも合っていなければ、ヒールの高さも無理をしているのでしょう? 足の痛みを庇っているせいで、立ち姿が非常に美しくない。ガラスの靴でもなんでもいいですけど、せめて身の丈に合ったものを選ぶべきです。……ドレスも靴も、そして恋愛相手も。俺みたいな捻くれ者でなはく、その靴を似合っているよと……無粋に褒めてくれる相手を探した方が、最初から可能性のない相手を追いかけ回すよりは、遥かに生産的でしょう」
そこまで一方的に言い捨てると、失礼と改めて一言呟き彼らに背を向けるラウール。背後でワナワナとブキャナンが怒りに震えているのを肌で感じながら、スタスタとその場を後にする。自分でも、たまに嫌なヤツだなと思わずにはいられない事もあるにはあるが。今は本物を追う事に夢中なのだから、こればかりは仕方がないだろう。




