ヒースフォート城のモルガナイト(13)
(……この城内にエリカが残っていたポイントは7箇所……意外と多いですね。さて、このうちのどこが件の庭なのでしょう……?)
静まった喧騒をこれ幸いと、2日かけてエリカの所在を追ってみれば。流石に元は広大な城に相応しく、かなりの面積が庭園だったことが見えてくる。そんな目印をつけた見取り図を睨むのも程々に、一旦コーヒーでも飲みに行こうとカフェへ足を向けてみる。この場合は部屋に持ち帰ってもいいのかもしれないが、できれば空気も損わずに楽しみたい。そんな根拠もあまりない拘りを胸に、滞在中の間にお馴染みになってしまったブレンドを注文するが……。
(ここのホテルはコーヒーの味には恵まれていますね。この強いボディに深い香り……なかなかに気に入りました)
まずはブレンド。それがダメだったら、最終手段はエスプレッソ。とにかく苦いコーヒーを好む彼の舌には、ホテルのコーヒーはそれなりに合うものだったらしい。そんな上機嫌まじりで考え事をしていると、いつぞやに話し相手になってくれた紳士がこちらにやってくるのが見えた。
「おやおや。こんな所で奇遇ですね。……もし良ければ、ご一緒しても?」
「えぇ、構いませんよ。是非、話し相手になってくださると嬉しいです」
誰かさんには相席は迷惑だと突き放した同じ口で、ニック相手にはアッサリと同席を了承するラウール。そうして、歓迎するべき特別ゲストの注文を待って……早速、城の庭について質問してみる。
「1つ、教えて欲しいことがあるのですけど……お伺いしても?」
「もちろん、構いませんよ。私がお答えできることであれば、いいのですが」
「ありがとうございます。……実は、この城の庭について調べています。おそらく、かなりの面積がヒースガーデンだったと予想しているのですが、どんな形状でどんなものが植わっていたのかが、今ひとつ想像できなくて」
「あぁ、君も庭園に興味があったのですね。確かに、ヒースフォートを名乗っていたくらいなのですから……この城のエリカ畑はそれはそれは、壮大なものだったようです。前庭に、中央庭園。それと、中庭に裏庭……計4箇所の庭があったみたいですが、それぞれで季節を意識した構成になっていたようですね」
「季節を……意識していた?」
そんな事を話し込んでいると、ニックの注文したカプチーノが運ばれてきたので、彼が一息入れるのを待つついでに……その意味に思いを馳せる。
花が咲いていない状態で、種類を見分けられる程の知識はないが……ただ、咲いているのを実際に見かけられた“ヴァカンス”以外は、ほぼ春咲だろう。だとすれば……秋と冬の庭には、別の植物が植わっていたということになるのだろうか?
「実は、この城内に咲いているエリカを探し出してみたのですが……4箇所の庭について、どれがどれとかって分かりますか?」
「……これは、また……随分と入念に調べられたのですね。いやはや、本当に君はヒースガーデンが好きなのだね」
「えぇ、まぁ……」
目的は別の場所にあるなどとは言えないが、ラウールの隠し事を嗅ぎ取る事もなく、丁寧に質問に答えてくれるニック。見取り図のポイントを順番に示しながら……前庭は冬の庭、中央庭園は春。あのプールがあった場所は中庭で夏。そして……裏庭は秋の庭だったと教えてくれる。
「……こことここのエリカはそれぞれ春咲なのだけど、大きな“アルボレア”が植えられていてね。その立ち姿を剪定して、美しい庭を作っていたのだそうだよ」
「あぁ、なるほど。……別にテーマの季節に咲かずとも、庭を形作る上では関係ないという事ですか?」
「まぁ、そういう事です。……花は人の都合で咲いているわけでは、ありませんから。そして……ジェイは中でも、殊の外、秋の庭を気に入っていたようですね。晩年は自分が改築してしまったその庭の跡地で、よく考え事をしていたと伝わっていますよ」
(この場所は確か……見張り塔が1棟、ポツリと建っていたような……)
あまり珍しい光景でもなかったので、気にも留めなかったが。考えれば、あの場所が庭園だったとすれば、見張り塔はあまりに不釣り合いだ。だとすると……あの塔は庭を潰した後にわざわざ建てられたという事か? ……しかし、城としての機能が必要ないジェイの時代に、わざわざ塔を建てる必要性はないだろう。ヒースフォート家が生粋の騎士だったのは、紛れもなくサイモンの時代までだったのだ。
(どうやら……あの見張り塔を少し調べた方が良さそうですね……)
ひっそりと、その横に佇んでいた“アルボレア”というらしいエリカを思い出しながら。図らずともワクワクし始めるラウール。……今夜あたりは、夜の散歩を楽しむのも悪くない。




