全ての宝石達に愛を込めて(21)
鳴り響く警笛、獰猛な警察犬の唸り声……が聞かれなくなってから、随分と久しい気がする。本当は予告状を出して、華々しく満月の下、街の屋根の上を疾走するのが楽しみだったはずなのに。今や妻子持ちになった上に、お仕事も山積みな怪盗紳士には、警察の皆様とお遊びに興じる余裕はしばらく捻出できそうにない。それでも……。
「さて……と。クリムゾンとハールも、準備はいいですね?」
「もちろんだぞ、グリード! 私はいつだって、絶好調なのだ!」
「……それは頼もしい限りです。クリムゾンも大丈夫ですか?」
「えぇ、もちろんですわ、グリード様」
今宵は満月……だけど、あいにくと本日の訪問先は地下水道。屋根の上から、侵入経路でもあるマンホールを繁々と眺めては、顔を突き合わせる3人組。今回の主要任務は、野放しになってしまった怪人の所在を突き止める事と、流出した行方不明者達の捜索。そのため、ここから先は恋しい月とはお別れ……のはずだったが。
「追い詰めたぞ、グリード一味! 観念してお縄につけ!」
「おや……まさか、この声はホルムズ警部ですかね?」
「まぁ……! 今夜は予告状は出していませんのに! 見つかってしまいましたの?」
やっぱり、屋根の上はそれなりに目立つものらしい。まさか、こんな状況で警察の方達がお見えになるなんて、予想外ではあったが……これも何かのご縁と、グリードは忽ち気分を高揚させる。
「どうします、クリムゾンにハール。……ちょっと遊んで行きますか?」
「うふふ、そうですわね。折角ですもの。たまには運動も悪くありませんわね」
「クフフフ……! ここらで1つ、大暴れするぞ!」
「……大暴れは勘弁してあげてください、ハール。あなたが暴れたら、警察の皆さんはひとたまりもないでしょうに」
めいめいそんなことを言いつつも……とってもお利口かつ素直に屋根の上から飛び降りると、一層の熱視線を送っていたホルムズ警部に歩み寄る3人組。統一感のあるお揃いのマスクで、一様に首を傾げる様子は……どことなく、不気味である。
「ククク……君達はそんなに俺を縛り上げたいのかい? まぁまぁ、慌てなさんな。揃いも揃ってそうも見事に間抜け面だと……流石に俺達も警察の皆さんが可哀想になってしまいますよ? ねぇ、クリムゾン?」
「そうですわね。まぁ! そちらの紳士様は随分と、引き締まらない顔をしておいでですね? ……寝不足ですの?」
「な、なんだと⁉︎」
グリードだけではなく、クリムゾンと呼ばれた奥方にまで「引き締まらない」と言われては、ホルムズ警部も黙っちゃいられない。そうして、一様に3名に捕縛命令を出すものの……。
「って、コラァッ! 私にかかってくる者はいないのかぁ!」
「俺も微妙に人気がないみたいですね」
「まぁ! 私が一番人気ですの?」
「こ、こら! お前達! 捕まえるのなら、グリードの方が先だ! 女は後にしないか!」
しかし……何故かその場にいる全員が、グリードとハールには目もくれず、クリムゾン一直線。……中には既に鼻の下を伸ばしている者もいるので、目的は逮捕以上の何かがあるものと思われる。
「……何だか、とっても気に入りませんね……! クリムゾン! ここは一旦、撤収しますよ!」
「は、はいっ! もぅ……! 私はそんなに安い女じゃなくってよ! それ以上、近寄らないでくださいッ! 娘の前で何をさせるつもりなのです!」
「ブゥ〜ッ! 私も追いかけっこ、したいぞ!」
クリムゾンの当然の指摘と、ハールの場違いな駄々に、ホルムズ警部もやれやれとばかりにガクリと肩を落とす。この調子では、怪盗一味をお縄にするのは、夢のまた夢に違いない。
「仕方ないですね。不埒者の皆様には、悪夢を今すぐにプレゼントしましょう! それでは皆様……“Bonne nuit”、とにかくおやすみなさいませッ!」
「おやすみなさい」にしては、随分と乱暴な言い様だが。奥様にたかる警察官の群れを鎮めるには、お眠りいただくのが手っ取り早い。そうして、久々の出番に唸る麻酔銃を皆様の足元に一発、お見舞いし。鮮やかにその場でドロンを決め込むグリード一味。そうして、やっぱり大好きな屋根の上に駆け上がると……3人で楽しそうに走り出す。
「クククク……! やっぱり、屋根の上は最高ですね」
「それには同感だな。開放感が全然違う」
「私も屋根の上が好きですわ。うふふ……あの日の夜を思い出すようですわね」
仕事は山積み、秘密も目一杯。まだまだ彗星のカケラも、流出した同類も、全てを見つけきっていない。それでなくても……。
「この世界には、俺達の好奇心をくすぐる宝物がたくさんあります。これからもお仕事に託けて、色んな所にみんなで行きましょうね。2人とも、付いて来てくれますか?」
「当たり前だ! 私はまだまだ、遊び足りないぞ」
「えぇ、もちろん。どこまでもご一緒しますわ」
気づけば……地下とは真逆な大聖堂の釣鐘塔の天辺に辿り着いた、3人組。この街で最も満月に近い場所から、街並みを見下ろせば。完全復活とは言えないなりにも、活気を取り戻しつつある明かりが煌々と目に映る。
「……さて、と。ここまで逃げてくれば、追手も撒けましたかね。今夜はあいにくと、地下水道行きですけれど。次の満月には、華々しくお宝を狙うとしましょうか。ククク……! ターゲット探しにも、熱が入りますね」
そうして、両脇に妻と娘とを抱き寄せては、嬉しそうに笑うグリード。そうされて、3人で幸せそうに頬を寄せながら、じんわりと互いの体温を確認し。いざ、行かんと釣鐘塔から滑り落ちる。
満月の度に繰り返される、擦った揉んだの喜劇はまだまだ、序盤。世界は確かに、不平等で不完全かも知れないけれど。決して、そこまで失敗作じゃない。だって……そうでしょう? 愛を知らなかったはずの誰かさんだって、こうして誰かと一緒にいる事を喜べるようになったのだから。
誰かのために、生きること。
誰かから、生きることを望まれること。
どこかありふれていて、珍しくもなんともないかも知れないけれど。
それでも。
とっても大切なモノがたっぷりと詰め込まれた、この世界で……これからも、大切な誰かと一緒にいられるのなら。
……愛という名の幸せを、じっくりと噛み締めるのも悪くない。
【おまけ・宝石について】
色気のない言い方をすれば、「貴重な鉱石」。
宝石の定義を真面目に示すとすれば、「美しく、希少性の高い固形物」、緩く言うのなら「宝飾品等に使われる綺麗な石」とでも言っておけばいいでしょうか。
ですが、そんな素っ気ない言葉で片付けるには、宝石は単純な存在ではありません。
どれ1つとっても唯一無二、二つとして同じモノはなく、それぞれがユニークな一点モノ。
生まれも育ちも異なれば、種類も輝きもバラエティ豊富に分かれます。
磨き方や、育まれ方によって、可能性も様々。
……まるで人間みたいだなと思ったりするのは、作者が気触れすぎているだけかも知れません。
【作者より】
はい、とうとう最終話を迎えました。
2019年11月9日から書き始め、話数は823部にもなってしまいまして、自分でもどうしたもんかなと思っています(汗)。
しかも設定魔の悪癖によって、かなり内容が難しくなった気がします……。
すみません、何かにつけ拘りたいお年頃でして。
ただ、宝石を綺麗なだけの名前で扱いたくなかったんです。
登場させるからには性質や組成、石言葉なんかも盛り込みたいと、欲張った結果にこんな事になりました。
最後までお付き合いくださった方は、相当に作者とウマが合うのでしょう。
そんなあなたとはいい酒(コーヒーも可)が飲めそうだと思いますです、ハイ。
兎にも角にも、思いの外超長編になってしまいましたが。
ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました!




