全ての宝石達に愛を込めて(20)
「ところで、キャロル。祖父様から、改めて例の仕事の話が来ました」
「そう、ですか。……意外と早かったですね」
イノセントとアルフォンスを寝かしつけ、窓際のテーブルで互いの商売道具を清めながら、粛々とラウールが話を切り出す。
ロンバルディアの復興作業は少しずつ進んでおり、そう遠くない未来に街は立ち直っているだろう。完全に元通りとまではいかないにしても、ラザートやヴィクトワール達騎士団の素早い動きもあり、思いの外順調に進んでいる。だが、一方で……別の懸念事項をどさくさに紛れて隠せていたのも、事実だ。
「……手始めに、地下の怪人から調査することになりました。それでなくても、セヴルの研究所に眠っていた試験体の相当人数が行方不明になっているのです。……うっかりどこかで目覚めて、悪さをしないとも限りません。水道の構造を考えると、地上へ出ることは考えにくいですが……万が一もありますので、見つけ次第、機能停止とすることに決定したそうです」
「そう、でしたか……。確か、調査結果によると……ミュレット先生が作り出していたダイヤモンドの素体は、かなり歪だった聞いています。だけど……もう、助からないのでしょうか?」
「えぇ。非常に心苦しいですが、既に手の施しようがないみたいですね。彼らは……残念な事に、悪い方向に歪だったようです」
アルティメットを覚醒させるために用意された餌は、核石を作り出すために何度も何度も命をリサイクルされた結果、とうに理性を食い尽くされた本能のみで動く存在に成り果てていた。しかも、残された本能が非常に宜しくなく……彼らは原始的な欲望の1つである、食欲のみを残した状態だったらしい。
たまたま回収できた試験体は試験槽ごと、ウィルソンとヴェーラに預けられていたが、2人がハッチを開いた途端、牙を剥き襲いかかってきたのだと言う。既にその姿は人間のそれとはかけ離れており、あからさまな化け物でしかなかった。
しかも……流出したのは1体や2体ではなく、調査の結果では100体にも及ぶ試験体が収容されていただろうと報告が上がってきているのだから、ソワレの第2幕の最悪加減もご立派である。
「今は地上が騒がしいので、話題にも登りませんが、地下道はメンテナンス用……つまり、人が立ち入るために設計されている経路なのです。それでなくても、例の怪人は寂しがり屋みたいですから。彼を口火に、変な噂が広まってもいけない。そもそも一般市民の職員が立ち入るエリアでもあることを考えると、寧ろ行動を起こすべきは今、という判断になったみたいですね」
「分かりました。でしたら……」
「……明日の夜は出かけますよ」
そうして2人で頷き合いながらも、同時に全く同じ懸念事項を思い浮かべたらしい。どちらからともなく、我が家のデビルハンターの扱いに話が及ぶ。
「しかし……当日は、どうしましょうかね」
「きっと、お話しすれば付いて来ちゃうと思います……」
「ですよね……。アルフォンスは兄さん達に預かってもらうとしても、イノセントにお留守番は難しい気がする……」
しかも、何かとイノセントの面倒を見てくれていた番犬も、もういない。モーリスの所に預けたとて、活躍したくてウズウズしているイノセントが大人しく待っているわけでもなし。内緒にしたところで、2人揃って出かけるともなれば……隠し通せないだろう。
「……仕方ありませんね。イノセントは一緒に連れて行きましょう。彼女も無関係ではありませんし、何より頼りになりますし。ちょっと煩いだけで、他にお仕事から外す主だった理由もありません」
「それもそうですね。……ふふ。イノセント、喜ぶと思いますよ。それでなくても……未だに落ち込んでいることもありますから。最近、お出かけもないですし……ちょっと不謹慎かも知れませんが、お仕事で運動するのもいいかも知れません」
「……」
イノセントが落ち込んでいる理由は、もちろんラウールとてよく分かっている。そう、この家にはもういないのだ。とっても頼りになる、番犬であり、看板犬であり……大切な家族だった愛犬・ジェームズが。その上、このご時世でお出かけもままならないともなれば……息が詰まってしまうのは、来訪者とて一緒だった。
「……本当に、不謹慎だと俺も思いますけど。こういう時こそ暴れておかないと、心身共に不調の原因になりますからね。適度なストレス発散が健康の秘訣です。……人もカケラも、その辺は変わりません」
そんなことを言いつつ、窓から夜空を見上げるラウール。今宵の月はほぼほぼ、満月。明日の今頃には、きっと丸々とした姿を見せてくれるに違いない。
「そろそろ、眠りましょうか。連日で申し訳ありませんが、日中は留守番をお願いします」
「もちろんです。それに、明日はジャックさんがお見えになる予定ですし。きちんとお店を開けておかないと、いけませんね」
「あぁ、そうでした。……確か、落ち着いたら旅に出ると言っていましたっけ。ヴィクトワール様から一頭、馬を用立てたと聞いています」
「お馬さん?」
「えぇ、お馬さん。……ジャック様は旅の道連れに、フリージアンを選んだようです」
ジャックは相棒にオルロフ・トロッターを所望したそうだが、あいにくとロンバルディアにはオルロフ・トロッターのブリーダーがいなかった。故に、長距離の放浪にも耐えるようにと、サラブレッドよりも体格のいいフリージアンを代わりに選んだらしい。
「フリージアンといえば、ロゼッタ様のフレドリカと同じお馬さんですか?」
「えぇ、そうですね。ユアンの出どころはまさに、そのフレドリカと同じ厩舎だそうです」
「ユアン……。そう、ですか。お馬さんのお名前も、決まっているのですね」
「みたいですよ? なにせ、旅の相棒だから……とのことでした」
そんなことを話しながらも、綺麗に手入れを済ませた商売道具も片付けて、寝室に引き上げていくラウールとキャロル。明日も忙しくなりそうだと互いに思いながら、眠るのが名残惜しくてお喋りを止められないのも……夫婦の幸せなあり方なのかも知れない。




