全ての宝石達に愛を込めて(18)
あの最悪のソワレから、既に3ヶ月。甚大な被害をもたらした暴竜達の爪痕も、少しずつ薄れてはいるが……セヴルエリアはまだまだ人が住めるまでに回復できていないし、街並みは壊れたままの部分も少なくない。
“落ち着いたら、お嬢様に会いに来ていただきたいのです。そして、できることなら……”
(落ち着いたら、ですか。……もう少ししたら、お伺いできるかしら)
あの夜……ヴィクトワールが瓦礫の道を進む中、シオンと名乗る少女に言われたのは、そんな懇願めいたお誘いだった。“お嬢様”がどこの誰なのかについて、明言はなかったものの。シオンの言う“お嬢様”が彼女の主従環境を鑑みれば、誰なのかはすぐに知れたこと。それに……あの時、怪人・アダムズもシオンに確認していたではないか。「言伝はしていただけましたか」……と。おそらく、彼の発言は「ヴィクトワールにお誘いをかけられましたか」に読み替えられるに違いない。
(それはそうと、ラザート様は東エリアの視察……でしたか。それで、あぁ。ブランネル様はきちんと、こちらにも目を通してくださったのですね。ありがたい事です)
ブランネルは遠く離れたヴランヴェルトに身を置こうとも、しっかりとロンバルディアの復興にも力を貸してくれるつもりらしい。ヴィクトワールが摘み上げた書状にはヴランヴェルトのアカデミアが蓄えてきた財を、復興作業に充てて良いと丁寧に認められている。しかも気の利いたことに、マルヴェリア王国へも手紙を出してくれたのか……マルヴェリア国王・シュヴァルの慰問と資金援助の約束まで取り付けてくるのだから、彼の政治手腕はまだまだそれなりの水準を保ってもいるのだろう。
(しかし……本来これは、マティウス陛下のお仕事でしょうに……)
ブランネルの寄越した厚遇をありがたいと眺める一方で、現国王の不甲斐なさに落胆するヴィクトワール。
My lord is a lion inside the castle and a mouse outside the castle……城内では傲慢なライオン、城外では卑屈なネズミ。例の豪華客船での一件から、ますます内弁慶ぶりに磨きがかかったマティウスであったが、既に城外では臆病者でしかなくなっていた。しかも、肝心のマティウスは例のソワレの翌朝から家族さえも置き去りにして、ヴランヴェルトへ避難しており……未だ、ロンバルディア城には戻っていない。
国王陛下の言い分によれば、自分は誰よりも生き残らなければならない人材だから、ということらしいのだが。その言動に家臣や国民の心が王子に傾くであろう事を想像できない時点で、彼は既に不要な人材でもあろう。
(それに引き換え、ラザート様のご立派な事。あの様子であれば……次期国王の御世は安泰でしょうか)
自身が尊敬していた兄・アレンの訃報とあらぬ噂には、さぞ傷心も深いだろうに。それでも、尻尾を巻いて逃げた父の代わりに、ラザートは王族としての責務をしっかりとこなしている。被災地への慰問に、自ら復興作業にも尽力し、各種書簡への調印に、精査にと……目まぐるしく、働き続けていた。
(そう、ですね。……悪いことばかりではありませんわ。ふふ……まさか、あのラウール様が補佐役を申し出るなんて)
事情はよく分からないが、ラウールは生前のアレンと何やら約束を交わしていたらしい。相変わらず嫌味な態度も崩さず、ヴィクトワールには断片的な内容しか白状しないものの。アレンのお願いの趣旨は「ラザート達だけは守ってほしい」……ということだったそうな。故に、ラザートが視察に出るともなれば、甲斐甲斐しくやってきてはボディガードまで積極的に引き受けるのだから、次期国王様の身辺は彼に任せておけば心配もなさそうだ。
(いずれにしても、もう少し待っていて頂戴……アンリエット。まさか、あなたが生きているなんて、思いもしませんでしたが……。父親の存在を考えれば、寧ろ自然ですわね)
そんな事を考えながらも、ロンバルディア国民が受け入れざるを得なかった現実と存在について、思いを巡らせては……やっぱり、これも自然な成り行きかと首を振るヴィクトワール。
(この辺りはラウール様の入れ知恵のようですが……ラザート様が国民に説明と安心材料を提供してくれたのは、助かりました)
街が崩壊した原因が原因なだけに、納得できない者も多いだろうし、何より、不安がる者がいない方がおかしい。そんな中、ラザートはいち早く彼らのネガティブな感情に反応し、説明責任を果たして見せたのだ。
アレンのセヴル運河治水は、古来から封印されていた悪竜を監視するためのものだったこと。アレンは悪竜を自ら討伐するため、果敢に戦ったが犠牲になったこと。……そして、元凶の悪竜はかの聖書に登場する、災厄が具現化したものだったこと。
大々的にアルティメットを災厄の元凶として認定しては、悪役として最も適役であろうキャラクターを作り上げ、国民達に「誰のせいでもなかったのだ」と、認めさせることに成功していた。
彼の発言はあからさまに浮世離れしている内容でもあるため、やや苦しい言い訳ではあるが。大陸内には竜神伝説が残っている地域も多く、何より大暴れした元凶の姿を見た者も多い。そんな伝承と目撃者の存在によって、ラザートの説明と復興への意欲は驚く程に素早く、好意的に受け止められていた。
何も知らない国民達にしてみれば、お伽話の再現にしては馬鹿げている悪竜の舞台は迷惑以上に、ただただ降って湧いた災厄でしかない。それでも、ラザートの的確な宣言により、ロンバルディア国民は意外にも腐らずに復興に向けて、顔を上げている。彼らの面差しには、かつての打算的かつ現実的なあまりに、冷淡ですらあった気概も薄れつつあった。
(そう、ですわ。……今は身分に関係なく、互いに手を取るべき時なのです。人間だけではなく、全ての宝石達も一緒に……)




