全ての宝石達に愛を込めて(17)
街は酷い有様だ。それでなくても、セヴルエリアはロンバルディアでも屈指の高級住宅街である。かつては「いつかは住んでみたい憧れの地」として、華やかながらも落ち着いた街並みを誇示していたものだった。
だが……その栄華は、たった一晩で灰燼へと様変わりしている。しかも、事が起こった時間帯も非常に悪かった。夜更けに予告なしに勃発した最悪のソワレに巻き込まれた住人は、数知れず。逃げ遅れてそのまま天に召された住人だけでも、数千人……いや、下手すると万に届く数にもなりそうだ。
(あるのは瓦礫の山と、焼けた臭いだけ……だけど、よく見れば……あぁ、なんて事だろう。あそこに転がっているのは、子供じゃなかろうか……)
夜通しで住民の避難補助に駆り出されても、こんな状況を前にすれば……疲れただなんて、文句を垂れている場合ではない。そうして終幕から立て続けに、被害者の身元確認にも精を出しているモーリスであったが。あまりの惨状に、いくら荒事にもそれなりに触れてきたはずの彼でも、立ち込める臭気に居た堪れない気分になる。
「……そっちは終わった?」
「ハッ、警部補。……この一角で確認できる範囲だけでも、数百人程の被害者が出ています」
「そう。……こうなると、全体で5000人は降らないかも知れないな……」
特別任務に駆り出されていたソーニャからも、最悪の事態は免れたと聞き及んでいても。これはすでに最悪の事態だろうと、モーリスはガクリと肩を落とす。それでも……今は落ち込んでいる場合じゃないと、残っているかも知れない生存者を救出するために、果敢に瓦礫の山へ挑む。
「兄さん!」
「ラウール! ……もう、いいのか?」
「えぇ。この通り……大丈夫ですよ」
そうして気合を入れ直したモーリスを、全く同じ声色で呼ぶのは……ここぞとばかりに、しっかりとマットブラックの軍服を纏ったラウール。おそらく、彼はそれなりの後始末にも首を突っ込むつもりに違いない。あれだけ除隊した身だの何だのと、騎士団と表立って関わる事は避けていたはずなのに……この周到さと言ったら。弟はスムーズに現場へ入り込むために、最適解の衣装で乗り込んできたのだろうと勘を働かせて、モーリスはほんのりと気分を落ち着かせる。
「俺も手伝います。……少しでも、できる事があるかも知れないでしょ?」
「うん、助かる。それに、ヴァン様にルサンシー様……でしたっけ? もしかして……」
「もちろん、僕達も手伝いに来たよ。特にヴァン君の体質は、こんな状況でこそ有効活用しないと……ね?」
「アハハ……そうかも知れませんね。何せ、僕は元からそちら向きでしたから」
もちろん、彼らが当事者であることは、絶対に伏せておかなければならない。しかし一方で、そもそも彼らの尽力がなければ、もっと酷いことになっていただろうと考えては……彼らがいなったら今頃、自分だって息をしていないかもとモーリスは苦笑いしてしまう。
「それじゃぁ、ラウール達は西エリアの方を見てきてくれないかな。……あっちの損壊加減は、更に酷くてね。倒壊しかかっている建物も多いし、プロに任せた方がいいだろう」
「承知しました。あぁ……そうそう。ヴィクトワール様からも、順次物資と人材を送り込むと聞いています。ですので、とにかく今は……」
「うん。まずは、僕達でもできる事をしよう。1人でも多くの人を助けるのが、先決だよね。頼んだよ……ラウール」
もちろんです……と、珍しく嫌味な切り返しをしてくる事もなく。いつになく素直な弟の背中を見送りながら……モーリスはモーリスで、悲惨な現実にもめげず、前を向く。目の前に広がるのは、明らかに前途多難な復興作業。それでも……だからと言って、悲嘆してばかりでは何も始まらない。やらねばならぬ事を前にして、やる前から諦めるのは何よりも愚かなことである。
かくして、波乱の夜明けは……雑多な意味でもロンバルディア復興の幕開けでもあった。




