全ての宝石達に愛を込めて(16)
これはある意味で、親子の共同作業になるんだろうか……?
【(……ヤッパリ、違イマスネ。コレヲ父親ダト認メタラ……俺ハ化物デシカナクナッテシマウ)】
それでも、今は彼の厚意に甘えるべきだろう。
常々、掴み所のない怪人の思わぬ助力もあって、徐々にダイヤモンドの太陽光は収束していくが……まだまだ、執念の感情は冷めないまま。最後の最後に強烈な灼熱を吹いては、ラウールとアダムズとを紅炎の鎖で包み始めた……。
【ラウール……よく、キけ】
それでも、アルティメットの熱暴走は少しずつ落ち着きつつある。そんな中、先程までの不気味な口元をキュッと引き絞り、真剣な声を出すアダムズ。自分よりも数倍は大きいだろう頭を突き合わされては、いくら小さくとも、彼の声はイヤでも耳に入る。
【コンナ状況デ、何ヲ聞ケト言ウノデス……?】
【……オマエはすぐに、ここからハナれろ。アトはワタシヒトリでジュウブンだろう】
【ハッ……?】
一体、何を言い出すのだろう? この怪人……いや、紫の老竜は。
ラウールはアダムズの提案が信じられず、思わず間抜けな声を上げる。それでも、普段から肝心なことは語らず、真意をぼかすのが大好きな怪人にとって、ラウールへの説明は煩わしい以外の何物でもなかったのだろう。そうして、「もういい」と小さく呟くと……ラウールのよりも遥かに太い尻尾で、彼を弾き飛ばす。
【ナッ……!】
【……オマエにはチにハうのが、おニアいだ。ワタシとオナじタカみにイスわろうなど、100ネンハヤいわ】
不意打ちとしか言いようのない強烈な殴打を受け、ラウールはアダムズの望み通りに、瓦礫の大地へと墜落する。そして、忌々しげにもう一度小さな太陽に齧り付こうと、首を上げるが……そんな彼を既の所で引き止める者がいるではないか。
「ラウール様とお見受けします。……ここから先は旦那様の意図を尊重してあげてください」
【オヤ? アナタハ確カ……】
ドスドスとこちらに駆け寄ってくるイノセントよりも先に、ラウールに声をかけてきたのは紅柱石・ナンバー12と名乗った、かつてのレイラである。どうしてこんな所に彼女がいるのだろうと、フルフルと首を振りながら視線をずらせば……向こうからキュリキュリとキャタピラを唸らせてやってくる、小型のタンクが目に入る。
【アレハ、モシカシテ……】
「えぇ。ヴィクトワール様ですね。……あなた様を元に戻すための、クリソベリルを積んでおいでです」
【マサカ、アナタガココマデ誘導シタノデスカ?】
「その通りですわ。……旦那様曰く、ラウール様をこれ以上無理させれば、元に戻れないだろうとのことでした。……あなた様は何せ、カケラの中でも特殊な作りをしておいでです。……きっと、ご存知だったのでしょう? あなたの場合、退化が長引けば長引く程……ハーモナイズそのものに近づいてしまうことを」
【……】
なるほど、彼女はかの怪人とそれなりの時間を共にしてきたのだろう。ラウールの作り……ハーモナイズそのものの能力を最大限に引き継いでいること……を熟知しており、それが故にアダムズが割って入ったことも理解している。要するに……。
【……ソウイウ事デスカ。俺ガハーモナイズト同ジ役目ヲ放棄シタカラ、観察対象ヲ避難サセタノデスネ】
「えぇ、そんな所だと思いますわ。……旦那様はカケラや来訪者の散り際が、何よりも好きでおいでです。それなのに、あなた様はアルティメット様の熱暴走を受け止めるのではなく、受け入れようとなさった。……それが気に入らなかったのでしょう。そして、果てに……あなた様という、最大の余興を失うのが惜しくなったのです」
【何デショウネ。アナタノ言イ分ハ間違ッテイナイト思イマスガ、モウ少シ言イ方ガアルノデハ?】
ラウールに対するモルモット扱いが抜けない怪人は、これまた奇妙な習性を持ち得ているらしい。実験対象を逃すためなら、自身が身代わりになるなんて……探究心が旺盛と言うよりは、狂っているにも程がある。
「お待たせしました、ラウール様」
【コンナ所マデ、ゴ苦労様デスネ、ヴィクトワール様モ】
「苦労だなんて、思っていません。まぁ、途中……ちょっと、挫けかけましたけれど。兎にも角にも、このヴィクトワール! ブランネル公のご用命に従い、子猫ちゃんのお給仕に馳せ参じましたわ!」
【……子猫扱イハ余計デスヨ、ヴィクトワール様。……俺ハモウ、子供デハナイノデスカラ。彼ガ産ミ落トシタ遺児ノ父親ニナッテヤラネバナリマセン】
「まぁまぁまぁ! ラウール様はどなたの父親におなり遊ばすのです?」
そんな事を言いつつも、もうお役御免でもあるらしい引き際に、ラウールはようやく安堵のため息をつく。見上げれば、小さな太陽はもう1人のアレキサンドライトに抱えられ、愚図るのも諦めた様子。一際最後に強烈な輝きを放ったかと思えば、すぐさま安穏な姿に変化し始めた。
【……ふむ、アルティメットもタイしたコト、ありませんな。ラウールテイドのセットクであっさりとオトナしくなるとは】
【俺如キ、デ申シ訳アリマセンデシタネ。イズレニシテモ……】
【ワかっている。こいつはオマエにアズけておくとしよう。サイダイキュウのカンソクになるはずだったのに、トんだチャバンをミせられたキがするが……まぁ、いい。セイゼイ、これからもワタシをマンゾクさせてくれタマえよ。オマエイジョウに、オモシロいカンサツタイショウもないのでな】
【ゴ勝手ニドウゾ? アナタガイヨウト、イマイト……俺達ガ家族ナノニハ変ワリアリマセン】
これからも私の探究心を存分に満たせるよう、必死に生きてくれ給え。
かつてのイヴがそうだったように。
いつかの時に、そんな手紙と一緒に寄越されたクリソベリルは握りしめたままだったが……結局、こちらは使わずに済みそうか。そうして、アダムズが差し出した忘れ形見を受け取ると同時に、ヴィクトワールが持ち込んだ貴重な鉱物を口に放り込む。
「ふぅ〜……こうして元に戻れると、やっぱり安心しますね」
「……それには同感だな。私もこちらの方が、しっくりくる。……何れにしても、シオン。そろそろ、退きますよ。……きちんと、言伝はしていただけましたか?」
「もちろんですわ、旦那様」
「……よろしい。それでは、諸君。……また会える日を、心より楽しみにしているよ」
どこか意味ありげな視線をラウールではなくヴィクトワールに送るや否や、くるりと背を向けてひっそりと立ち去っていくアダムズとシオン。彼にしてみれば今回の茶番は「気に入らない結末」になったそうだが、後ろ姿がどこか満足げなのは気のせいではないだろう。
「さて……と。あぁ、よしよし……こんな所で泣かないでくださいね……」
そんなアダムズから託された、忘れ形見をぎこちなくあやしていると……ラウールの脇腹に勢いよく抱きついてくる者が2人もいるので、驚いて見下ろしてみれば。両手に花……ならぬ、脇腹左右に嫁と娘。そこにはイノセントだけではなく、いつの間にか戻ってきていたクリムゾンまで揃っているではないか。
「2人とも……ご心配おかけして、すみませんでした。それはそうと、クリムゾン。ご苦労様でした。……無事、皆様に渡りをつけてくれたのですね」
「はい……グリード様も無事で何よりです」
「そう、ですね。……まぁ、今回はちょっとお別れも覚悟しましたが……」
周囲は争いの凄惨さを物語るように、瓦礫の山と木っ端微塵に砕かれた更地が続いている。中央街はセヴルエリアを中心に、相当範囲が戦火に巻き込まれていた。
「……あれだけみんなで大暴れしたのだから、無理はありませんか……。しかも、かなりの犠牲者を出したようですし……」
「……そうですわね。しかし、そこから先は国王陛下と我ら騎士団……王宮の仕事ですわ。とは言え、ラウール様達にもお手伝いいただかなければならない事がございますけれど」
「私は手伝ってやってもいいぞ、ヴィクトワール」
「まぁ! イノセント様のご助力があれば、心強いことこの上ありませんわ! 是非にお願いいたします」
きっと、彼女も仕事が山積みなのだろう。ご挨拶もそこそこに……ラウール達の無事を嬉しそうに見届けて、ヴィクトワールも愛車で豪快に去っていく。そんな騒がしいご帰還に、どこぞの怪人とは異なり、彼女には静かに去るなんて芸当はできないのだと……場違いにも、ラウールは苦笑いしてしまうのだった。




