全ての宝石達に愛を込めて(12)
後もう一押し。いや……もう、押さずとも崩れる寸前か。
ヴァンの乱入に伴い、アルティメットの一方的な猛攻は終わりを告げる。濃縮された矮小な体に、一気呵成と4人の総攻撃を受け続けた結果。とうとう、暴君の虹色の瞳にピシリとクラックが入った。
《なぜだ……? そもそも……なぜ、貴様らは朕を止めようとする⁉︎ この星を侵略すること……それが我らの目的であったはず!》
最高硬度を誇るはずのダイヤモンドに刻まれた、小さなヒビ。だが、宝石は少しでもヒビ割れると、そこから簡単に砕けてしまう傾向がある。特に、ダイヤモンドのように劈開性のある宝石にしてみれば、僅かな小傷でも命取りだ。
だからなのか……アルティメットはいよいよ慌てて、かつての同胞に「目的」を共有することで、延命を図ろうとする。だが……同僚の答えは意外なまでに、連れないものだった。
【サイショはそうだったかもしれないし……きっと、ワレらのソンザイイギもまだ、カわってもいないのだろう。だけど、オマエはソウゾウシュがこのホシでイきようとしたイミをハきチガえている。ワレらがソウゾウシュがノゾんだのは、キョウゾンだ。クチクやハイタ……イッポウテキなシンリャクではない】
《随分と甘ったるい事を言うようになったのだな、純化の彗星。貴様とて、人間を愚かだと罵っておっただろうに!》
【フン……それはイマもカわってないぞ? ニンゲンがオロかなのは、ちっともカわってないし、ワタシもニンゲンはクダらぬとカンガえている。……だけど、な。スベてをそうキめつけるのは、とてもカンタンだが……それイジョウにモッタイないコトなんだ】
天空の来訪者達の能力を持ってすれば、全てを壊すのは容易い。本当にあまりに呆気なさ過ぎて……それこそ、一瞬で方が付く。何せ、彼らにしてみれば人間は愚かで弱くて、群れることしか能がないのだから。だが、一律全てを「取るに足らない」と見下し、不要だと判ずるのはただの傲慢でしかないし……非常に惜しい事だと、イノセントは熟知していた。
確かに、イノセント自身にもいつの間にか「賢いフリをする人間達」から搾取される側に落ちぶれ、矜持も存在意義も削られてきた過去がある。無論、業深い彼らの所業を許すつもりはないし、例え水に流し、全てを忘れようと努めても……体に刻まれた恐怖と屈辱が残る限り、忘れることもできないだろう。
【それでも……ニンゲンというのは、オモシロいアイテなんだよ。……イッショにクらしていくブンには。タチバさえワけなければ、これホドまでにユカイなアイテはいない。キョウゾンアイテにするブンには、そんなにワルくないぞ?】
《貴様……何を世迷言を申しておるのだ⁉︎ 人間と共存だと⁉︎ 崇高な我らに、下賤な猿共に混じって暮らせと申すのか⁉︎》
【そうやってムダにオゴって、エラそうにするからツラいんだろうに。……ワタシはとうにヤめたんだよ。シンリャクシャでいるのは。シハイするよりもヨりソうホウがタガいにツゴウもいいし、ナニよりタイクツしない。……ワレらとて、コドクはコタエル。それはオマエだって、よくシっているだろうに。それなのに……これからサキのコドクをエラぼうとイうのか?】
《……減らず口を叩きおって……!》
だが、ギリリと悔しそうに牙を鳴らすばかりで、それ以上の言い訳が出てこないのを見る限り……アルティメットも、薄々はイノセントが示す孤独を理解してもいるのだろう。目的を共有するつもりが、あやすように絆されかけるものの……いやいやと首を振っては、激昂する。
《もう……いい! こうなったら、今すぐに太陽になってやろうぞ……! ……本来の順序とは逆だが、致し方ない》
【スーパーノヴァをイトテキにオこすつもりか? そんなコトをしたら、オマエはオマエではなくなるぞ?】
《だからどうした? 朕は自分の存在意義を示すまで。……失敗作のこの世界をリセットするためならば、手段を選んでいる暇はない》
【バカモノが……! そんなコトをしたところで、ダレもヨロコばないぞ。ここはオトナしく……】
一緒に生きていければいいのではないか。
……そう、イノセントがアルティメットに投げかけようとした時には、既にアルティメットは最終段階に無理やり入ろうとしていた。もちろん、彼だって自我を維持したまま存在を示せるに越したことはない。新たなる太陽になり、新たなる太陽系を構築し、自分を神だと崇める存在があればそれでいい。……喩え、それが数億年先になろうとも、自分の存在は半永久的に輝く。
アルティメットとて、イノセントの言い分はよく理解できるし……彼女の道理こそが創造主達の理想であることも、よく分かっている。だが、彼女の言い分を受け入れたらば、彼の居場所はこの世界には存在しないことになる。イノセントは人間との共存を選べと言ったし、彼女にそう思わせるまでには、今の世界は失敗作ではなかったのだ。だが、アルティメットにしてみれば、世界が失敗作でないのは非常に都合が悪い。
彼の存在意義は、失敗した世界に強制的なリセットを齎すこと。だから、世界に失敗してもらえないと、アルティメットは存在そのものを否定されることになるし……目覚めたからには、後戻りもできないと考える。長い長い悪夢から目覚めて、現実を見つめても……そこに自分の居場所がないなんて。それこそ、悪夢以外の何物でもないではないか。であれば……目覚めても継続される悪夢を終わりにするためにも、自分自身も捨ててしまった方が孤独も忘れられる。
【ラウール!】
【エェ、承知シテイマス! ココカラ先ハ、ハーモナイズノ出番デスネ……!】
一方、常識外れの熱を放出し始めたアルティメットを前にして、ラウールもいよいよ覚悟を決める。自分が生み出され、曲がりなりにも両親に愛された理由。それは、いつか降誕するかも知れない調律者の暴走を食い止めるため。究極の彗星への対抗手段として、でき得る最大限の役割は……最終審判の熱暴走を食い止めることにある。




