全ての宝石達に愛を込めて(9)
「ヴァン兄……本当に、大丈夫? 無理は……」
【シテナイサ。……フフ。何ダロウネ。コレガ……本当ノ開放感ッテヤツナノカモネ】
ルナール……ではなく、仮面を剥ぎ取り、気弱な少年に戻ったサムは心配そうに兄貴分を見上げる。そんなサムの視線の先には、黄昏色の不思議な色を纏った1匹の竜。小柄で、やや線も細いが……辺りを包む穏やかな芳香と輝きは、一端の竜神としての神々しさを持ち得ていた。
「……ヴァン様、くれぐれも無理はなさらないでくださいね」
【ウン、大丈夫。……サナチャン、サムヲオ願イ】
ヴィクトワールの命令で市民救護にやって来ていたサナもまた、心配そうにヴァンだった竜を見つめる。それでも、自分まで辛気臭い顔をしている訳にはいかないと思ったのだろう。すぐさま優しく微笑むと、隣で今にも泣きそうになっているサムを抱き寄せ、大丈夫よと励ます。
【トコロデ……先生。コノ姿デイラレルノハ、ドノ位ナノデスカ?】
「性質量からして、時間制限は気にしなくてもいいじゃろう。望む間は力を発揮できるとは思うが……問題は、戻る時だろうな。とは言え、お前さんの分もきっちり用意してある。だから、今回は戻りも心配しなくていいぞ。首も軽くなった事だし、思う存分暴れてくるといい」
ヴァンを安心させるようにウィルソンが応じるが、彼の言葉は決して気休めではない。ヴァンの心臓部にはまだ識別子のチップは残留しているが、ウィルソンとヴェーラのコンビはこれらを取り除くのではなく、チップそのものの機能を即座に停止し、いずれ剥離・排出を促すキレート剤を開発していた。
特製の鎮静剤と理性を取り戻すための宝石も用意されているとなれば、ウィルソンの言う通り……戻りを心配する必要もないだろう。
「大丈夫だよ、ヴァンさんとやら。……ヴェーラ先生のお薬の効き目は私もよく知っているさ。クラックは治っちゃいないけど、見事にボロボロだった私でさえも、ここまで動けるようになったんだ。ヴェーラの薬が毒になることは、ないと思うよ?」
「アリスのお薬はヴァン様のとは、違うヤツだけど。だけど、私からも安心していいわと、太鼓判を押しておきましょうか? そのお薬は、きちんと臨床試験済みなのよ。ヒースフォートの領主様でバッチリ成果も出てるから、安心して頂戴」
ヴェーラが引き合いに出した「ヒースフォートの領主様」が元気らしいことに、クリムゾンがほんのり嬉しそうな顔を見せるが。すぐさま、ヒースフォートではなく、メベラスの実例から別の疑問が思い浮かんだ様子。ヴェーラにお薬について、更なる質問を投げかける。
「えぇと……でも、確かヴェーラ先生の鎮静剤はラピスラズリ専用だって、主人が言っていたような……」
「えぇ、その通りよ。現段階で作成できた鎮静剤はラピスラズリの分だけだったわね。だから、専らラウール君専用みたいなところもあったのだけど。でも……ちょっとだけ、効果範囲の広い材料の提供があってね。……今更になって、ハーモナイズの心臓を送ってきた馬鹿がいたのよ。カケラを解放するのに必要だからとかって、わざとらしいメッセージまで添えちゃってサ。ハーモナイズは全てのカケラに対して優位性を持つとかって、触れ込み通り……全く異なる鉱物グループのウレキサイトにも、しっかり効果が出たのよ。何でしょうね。ここまでバッチリだと、却って腹が立つわ」
ヴェーラの口ぶりからしても、送り主が誰なのかまで予測できている様子。きっと、有難いはずの提供元があまり気に入らない相手なのだろう。フスと忌々しげに鼻を鳴らすヴェーラに、ウィルソンは苦笑いしてしまう。
「いずれにしても、必要な宝石も準備してある。アメジストとエメラルドはこの通り……きちんとあるから、心配しなさんな」
【フフッ。デシタラ、心置キナク暴レテクルトシマショウ。ソレジャァ……行ッテキマス!】
「ヴァン兄、しっかりね!」
【勿論サ。コウナッタラ……切リ札トシテ、華々シク活躍スルノモ悪クナイヨネ……!】
それでなくても、今は急ぐべきだと考えては。ヴァンは慌ててぎこちなくも、誇らしげに翼を広げる。少し離れた場所からでも、戦況が激しいのは光の瞬きからしても予測のできること。きっと、ダイヤモンドの暴君に対峙している4人の竜神達の攻防は熾烈を極めていることだろう。
【(待ッテテ……ミンナ。今カラ、僕モ手伝イニ行クヨ。何ト言ッテモ……コノ世界ニハ、守リタイモノガ多スギルモノネ)】
まだまだ諦めるには早すぎる、この世界でみんな一緒に輝くために。輝きを独り占めにしようとしている暴君は、きちんとはたき落としてやらねばならない。そのためには一矢どころか、百矢でも報いてやるのだと、決意して。ヴァンは放たれた矢のように夜空へ飛び出していった。




