全ての宝石達に愛を込めて(8)
夜空の戦火は更に激しさを増し、セヴル運河の上空は絶え間なく眩い閃光で埋め尽くされている。戦の舞台は上空だというのに、散々とばっちりに遭ったらしい石畳の上を進むだけでも、スムーズにできやしない。それでも、ヴィクトワールはタンクを駆り、無遠慮に宝石達の戦いの舞台へと乗り込んでいくが……。
(これ以上、このまま近づくのは無理でしょうか……?)
ガコンッと無骨な音を響かせ、タンクのキャタピラが何かに乗り上げる。仕方なしにコマンダーキューポラから顔を出せば、目の前は瓦礫の山、山、山。いくら悪路に融通が利く小型タンクでも、ここまでのバリケードを乗り越えるのは難しい。
(……騎士団として、いい選択ではありませんが……こうなったら、仕方ありませんわね……!)
愛するロンバルディアの街を自ら傷つけるなんて、言語道断。しかし、今の状況で前に進むためには、綺麗事ばかり言ってもいられない。気乗りしないなりにも、ヴィクトワールは撃発ペダルを踏み込み、砲撃で目の前に聳える瓦礫を粉砕する。そうして活路を作り出すと、キュリキュリとキャタピラを再び鳴らし始めたが。
(これは……何と、労しい……!)
バリケードを乗り越えて、今度こそ愛しの子猫ちゃんの救援に馳せ参じられると思っていたのに。ペリスコープ越しに見つめる光景は、まさに地獄そのもの。……きっと、逃げ遅れた人々だろう。何かの熱に触れたらしい焼け爛れた肌を纏いながら、瓦礫と一緒に転がる人々の姿に……ヴィクトワールはタンクの中で滂沱の涙を流す。
(なんて事……なんて事、なんて事ッ! 我らがロンバルディアの市民をこんな目に遭わせるなんて……!)
許せない、許せない……許せない!
鎮めようにも静まらない怒りに震えながらも、ヴィクトワールはブランネル経由で知らされていた、アルティメットの性能について思い出す。
ルサンシーの情報によれば、究極の彗星は古代天竜人達の「最終手段」として生み出された……と言うのは建前で、本当は自らが光り輝く太陽になる事を望んだ、呪いのダイヤモンドの親玉である。そして、ルサンシーをはじめとする、ユアン・ジャックにブライアンが彼から削り出されたことで、呪いの性能そのものも削いでいたと聞いている。
(……その辺りはイノセント様とは少し、理屈が違うと言う話でしたね……)
心臓を取り上げられることで、性能を削がれていたのはイノセントも同じだ。だが、彼女はコランダムの来訪者が更に4体に分かれたうちの1体であり、他の来訪者は分身しないにせよ、彼らにはとある似通った傾向が残されている。
鋼玉に属する宝石はルビーとサファイアであるが、コランダム自体は赤鉄鉱グループに数えられるため、雑多な意味で広義に解釈すれば、ヘマタイトも親戚という扱いになるだろう。要するに、コランダムを始めとする、多くの宝石は豊富な同族を含む鉱物グループにカテゴライズされるのが普通なのだ。
性能の補填には制約……例えば、フランシスはエメラルドしか口にできない等……があるパターンも見受けられるが、多くの場合は同じ鉱物グループの宝石であれば口にできるし、ハーモナイズの性能を引き継いだラウールは鉱物グループの種類を問わずに糧にできるとされている。……ラウールの性能に関しては、実際には試したことがないらしいので、あくまで憶測ベースの話であるが。いずれにせよ大抵の場合は、カケラや来訪者達は自分と同じ鉱物グループの宝石であれば、それらを吸収し、力を取り戻せる仕組みになっている。
そんな中、アルティメットは仲間を持たない孤独な来訪者である。力を取り戻すスキームは確かに備えているが、それとは別に生まれた時から周囲に悪影響を及ぼし、苛烈なまでの呪いと独自性をも持ち得ていた。
ダイヤモンドは紛れもなく、至高の宝石。だが、他を寄せ付けない飛び抜けた存在は、ややもすると孤高であると言えるだろう。そして、孤高であることが高潔ではなく、ただの高慢へと挿げ変わった時には……そこには救いようのない選民思想と排他主義が醸成される。そして、自分が気に入らないもの……自分を受け入れなかったこの世界全て……を不要なものだと見做しては、今のアルティメットは自らを唯一無二の太陽に擬え、全てを燃やし尽くそうとしているのだ。
(そのような暴挙は、絶対に許しませんわ……と、言いたいところですが。……なんて、情けない事でしょうね。私は……)
ロンバルディア騎士団最強を誇る騎士団長と、華々しく持て囃されても、所詮は人間。規格外の宝石達と肩を並べるどころか、同じ舞台に上がることさえ許されない。それに、目の前に瓦礫に最悪の記憶の既視感まで甦らせて。タンクの中で1人寂しく、啜り泣く。
(情けない、人間……。情けない、母親……。私はどうして、肝心な場面で役に立てないのでしょう……!)
瓦礫を吹き飛ばした先にも延々と続く、瓦礫と死体とで彩られた地獄色の廃墟。かつて愛したロンバルディアの美しい面影は、見るも無惨に倒壊し尽くしている。まるで……あの時の物見櫓のように。
「……泣いている場合ではありませんわよ、ヴィクトワール様」
「ど、どなた……?」
しかし、勝手に折れて負けるのは許さないと……タンクの中でひっそりと漏らしていた嗚咽を、凛と通る声が遮る。そうして、涙を拭うことも忘れたヴィクトワールが慌ててタンクから顔を出せば。まるで側に控えるように、1人の少女が背筋を伸ばして立っていた。
「貴方様は……?」
「……シオンと申します。旦那様からヴィクトワール様をお守りするよう命を受けましたので……馳せ参じた次第です」
「シオン様に、旦那様……?」
「……説明は移動しながらに致します。この先は私が道を切り開きますので、ヴィクトワール様は戦車でついて来て下さい。……そちらに積まれたクリソベリルを届けていただけないことには、旦那様の研究も完結致しませんから」
「……!」
シオンと名乗った少女が紡いだ言葉に、彼女の言う旦那様が誰なのかをすぐさま悟るヴィクトワール。そうして決意を新たにタンクの操縦桿を握り直せば……ヴィクトワールが立ち直ったのも見計らったのか、シオンが果敢に瓦礫を両の手に握られた剣で粉々に切り崩していく。
「……そう言えば、ヴィクトワール様。お嬢様も母君にお会いしたいと、申しておりました。ですので……ここで貴方様に死なれては、私が恨まれてしまいます。今はまだ回復されていませんが……アンリエット様は貴方様にお会いしたい一心で、命を繋ぎ止めていらっしゃるのです。……お嬢様のためにも、ご自身のお役目とお命をゆめゆめ、諦めなさいませんよう」
器用に瓦礫を解体しながら、しっかりと進軍の道筋を確保して。熱風さえも物ともしない新たな従者が、エスコートを買って出る。もしかしたら、彼女の申し出も「意地悪な彼」の罠かも知れない。だが……。
(……いいえ、何もかもを疑るべきではありませんね。……彼女がきちんと道を作ってくれている以上……提案に従うしかありませんわ)
愛しい子供達のために。愛しいロンバルディアのために。操縦桿を握るヴィクトワールの手には……汗と一緒に、決意も握り込められていた。




