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ヒースフォート城のモルガナイト(10)

「あの……ソーニャ。ここがリゾート地なのは、分かる。分かるよ? だけど……いくらなんでも、この食事はちょっと……」

「あら……モーリス様は本当に色々と、()()()さんなのですから。プールサイドで豪華ディナーはヒースフォート城の定番の過ごし方。折角、プールも綺麗にライトアップしているのですし、涼みがてら楽しむのが最適だと思いません事?」

(そういうものなのかな……)


 青みを帯びた光彩でライトアップしたプールでは、まるで蛾のように集まってきた宿泊客達が大騒ぎしているのが、嫌でも目に入る。そんなプールサイドで提供された食事は……ソーニャが豪華ディナーと銘打っただけあって、確かにかなりのご馳走なのだろう。モーリスの目の前に鎮座するロブスターは、プールサイドのイルミネーションに相応しく、負けず劣らず美しい青色をしていた。


(これは……ブルーロブスターじゃないか……。貴重なはずの海の宝石を、事もなげに料理にするなんて……)

「そのお顔ですと……もしかして。目の前のロブスターが可哀想になりました?」

「あぁ、ちょっとね。確か青いロブスターはかなり希少な生き物だったと思うし……こうして目の前に出されると、ちょっと切ないな……」

「ご心配なく。……青い殻はオモテだけですから。これは観光客向けのタダのパフォーマンスですわ。中身は普通のロブスターですの。まぁ、ロブスターそのもの(の命)をいただく事には変わりありませんが、美しい生物を食い荒らす事にはなりませんから、安心してください」

「そ、そうだったんだ……」

「えぇ。……ここでは、大抵のものは上辺だけなのです。本当の中身なんか、ありはしません。きっと……この城の元の持ち主は、その事に嫌気が差していたのでしょうね。華やかな史実の裏に隠された()()を、ラウール様も宿()()のついでに学んでくださるといいのですけど」


 どこか意味ありげな事を嬉しそうに呟きながら、早速、中央のご馳走にナイフを入れ始めるソーニャ。手慣れた様子でプリプリとした身を綺麗に取り分けると、モーリスに差し出す。しかし彼らの様子は意図せず、仲睦まじい様子を見せつけた事になったらしい。モーリスがご馳走の身にフォークを立てたところで……彼らの興を削がんばかりに、割り込んでくる者がある。


「おやおや、モーリス。君も隅に置けないな。こんな美人を独り占めして、食事だなんて」

「僕らにもその子、紹介してくれよ」

「えぇと……確か、マイク巡査にヘイワード警部補……でしたよね? そっか。そう言えば、この間の授与式でご一緒していただきましたね」

「お! きちんと覚えていてくれたんだ?」

「ヤァ〜……()()()に覚えて頂けただけでも、光栄ってものですかね〜?」

「……いいえ、それ程のものでは。僕はそもそも、王族でもありませんし……」


 突然、割り込んできた()()()()状態の同僚に、差し障りのない対応をしているモーリスを尻目に、彼らなど眼中にないとでも言いたげに黙々と食事を進めているソーニャ。その様子に……モーリスは彼女の機嫌が急降下した事をしかと悟る。


「すみません……声を掛けてくださったのは、とても嬉しいのですけど。どうやら、彼女の方は静かに食事を楽しみたいみたいです。それに……お2人とも既にお酒、入っていますよね? 彼女、騒がしいのはあまり好きじゃなくて……」

「あぁ? ちょっとくらいは、いいじゃないか!」

「そうそう! お酌の1つや2つ、してくれても……」


 酒というものは得てして、人の気分を大きくさせるものらしい。普段の理知的な彼らの姿を知っているモーリスとしては、彼らの豹変は別の脅威を呼び覚ましてしまう()()()でしかなく。……今はその結果がただただ、恐ろしい。


「あら……そこまで仰るのでしたら、お相手差し上げてもよろしくてよ? ただし……私がして差し上げるのはお酌のお相手ではなく、()()()()()のお相手ですけれど……!」

「ソ、ソーニャ、待って! ちょっと、待つんだ!」


 無粋なお誘いの顛末を想像して、身震いするモーリスの制止も虚しく、既に彼らに襲い掛かっているソーニャの姿がプールサイドに華麗に舞う。きっと動きやすい格好(水着姿)をしているせいもあるのだろう、彼女の足技は大胆な以上に威力も十分らしく……確実に遥かに重たいはずの2人の被害者が、あっという間に美しいアーチを描いてプールに撃沈していく。


「……あら? いくら、お酒が入っているとは言え……弱すぎて、話になりませんわね。そんなグデングデンで私を釣ろうなんて、身の程知らずにも程がありますわ。いい事? レディを口説くおつもりなら、シチュエーションはとっても大事ですの。その辺り……フフ。モーリス様はよく心得ておいでですわね?」

「そんな事もないと思うけど……あぁ、本当に申し訳ありません……。お2人とも、大丈夫でしたか?」


 一瞬の出来事に、プールから上がる意識さえ戻ってこない彼らに手を差し伸べながら。更なる苦悩が増えた事を痛感するモーリス。この先は……ラウールのご機嫌以上に、ソーニャのご機嫌を最大限に気にした方が良さそうだ。

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