全ての宝石達に愛を込めて(6)
今も昔も、洋の東西を問わず。暴君に常識が通用しないのは、ありふれた喜劇。
だが、目の前の非常識はラウール達にとって、決して笑い事ではなく……この上なく、絶望的な光景だった。未完成品は未完成品らしく、滑稽に地団駄を踏んでいればいいものを。別の鉱物グループのカケラさえも、無理矢理取り込んで……アルティメットは美しいはずだった燦然の鱗を曇らせては、仄暗い虹の煌めきを周囲に撒き散らし始めた。しかも……。
【制御ヲ失ッテイルヨウデスネ……?】
【ソウミタイダネ、アレハ。ダイヤモンドは唯一無二デ炭素グループノ宝石ダカラネ。……他ノ鉱物トハドンナニ頑張ッテモ、馴染メナイ……ハズナノダケド】
【ジャガ……アレハ、馴染ミ始メテイルヨウニ見エルガ……?】
違う鉱物グループの栄養を無理に取り込もうとしても、体(主に心臓)は新たな侵略者を受け入れる事はできない。馴染む事を強要すれば最悪の場合、カケラは耐えきれずに死を迎える事になる。故に、貴重な鉱物グループの核石を持つカケラ達はそれだけで有り難がられたし、研究分野でも非常に迷惑なことに……引く手数多、ありとあらゆる舞台で引っ張り凧だった。
だが、研究分野で大人気の貴重なカケラには、常に凄惨な悲劇が付いて回る。人間の好奇心は天井知らず……自分やクライアントを満たすためなら、残酷になれるのが狂った研究者というもの。特に、ここにいる中でもラウールに施された実験は、筆舌に尽くし難いものがある。
【……モシカシテ、アレン様ニも、チョットシタ仕掛ケガアッタノデショウカ……?】
【仕掛ケ?】
【エェ。……今ノアルティメットノ変化……何処カノ、誰カサンニ似テイマセンカ?】
ラウールがあまり参考にしたくもない、自身の経験則を下敷きにしつつ。魔竜の姿でクイと顎で示して見せれば。確かに、アルティメットは悠然と飛び立とうとしていると見せかけて……小さくシュワシュワと、不穏な音を鳴らしている。それに……心なしか、少しずつ萎んでいるようにも見えるが。
【マサカ……プリミティヴト同ジ状態……ナノカ?】
【プリミティヴ?】
【宝石・モーリオンカラ作ラレタシリカの毒ガ回リ、カラカラニ乾燥シキッタモノヲ、ミュレットハソウ呼ンデイタソウデス】
モーリオンの毒の用途はロンバルディア王族が持ち得る、核石に対する絶対的な耐性を切り崩すこと。そんな毒をニュアジュはラインハルトに盛っていたところまでは、ルサンシーの証言でも明らかだったが……同じ毒を、同じ王族であるアレンに盛っていない方が不自然だろう。
【原理ハ分カリマセンガ、ミュレットヲ取リ込ンダ事デ、何カノ引キ金ヲ引イテシマッタノカモ知レマセン。シカシ、今回ノモーリオンハ……シッカリオ役目ヲ果タスツモリノヨウデスヨ?】
ラインハルト相手の「プリミティヴ」を生み出す実験は、被験者の体が耐えきれずにカラカラに乾き切ってしまうという失敗に終わっている。絶望に飲まれたラインハルトは命を丸ごと蒸発させてしまっており、彼が羽化することはなかった。
だが、目の前で縮小しつつも確実に退化を始めている暴君は、その限りではなさそうだ。このまま乾燥し尽くして仕舞えば、こちらとしても好都合だが……おそらく、アルティメットは「乾かされている」のではなく、「煮詰められている」状態なのだろう。濃縮されて、いよいよ澱み切った灰色の鱗が彼の表面を覆い尽くした時……そこにはアレンが「こっち側になった」と豪語していたワニの姿に翼を生やした、竜人らしき姿へと変貌を遂げていた。
【ゲンショのタマゴが、コンカイはきちんとウカしたみたいだな……?】
【……ソノヨウデスネ。アレン様ハラインハルトトハ異ナリ、プリミティヴヲ産ミ落トス殻トナリ得タノデショウ。……スペクトロライトト言ウ、濁ッタ虹色ヲ栄養分トシテ】
スペクトロライトの危険な愛は、本当に古代天竜人を完璧に再現せしめたのだろう。実は有翼人でもあったらしい天竜人の成れの果てには翼はなかったが、今のアルティメットはしっかりと翼も尻尾も有している。そんな翼で軽やかに舞う姿は、先ほどまで地に這いつくばり、夜空を睨め上げるしか能のなかった暴君とは似ても似つかない。
《ようやく……ようやく、朕は完成したのだ……! 貴様らには、先ほどまでの礼をタップリとしなければならなさそうだな……?》
【オヤ、礼ニハ及ビマセンヨ。俺達ハタダ、貴方ノ降板ヲ望ンデイルダケデスカラ】
ラウールの嫌味な答えに、フンと威厳に満ちた鼻息を漏らすアルティメット。しかしながら、余裕のある態度を見せたところで……ラウール達側は正直なところ、非常に焦っていた。
退化の前からも、アルティメットには決定打を叩き込むことはできていない。流石にダイヤモンドだけあって、攻撃を殆ど受け付けなかったが、今のアルティメットも同様と考えていいだろう。いや……小柄になった分、堅牢性も濃縮していると考えた方がいいだろうか。
ダイヤモンドの劈開性は「4方向に完全」となっており、掘削の角度さえ探り当てれば、一気呵成に砕く事もできる。ただし、「完全な劈開」を持つ鉱物は劈開ポイント以外からの衝撃に滅法強い特性を持ち得ており、特定角度の攻撃でなければ、ほぼほぼ通用しない事を意味する。しかも、その劈開性も縮むことで狭まっているのするのなら。今のアルティメットはまさに完全体。鱗も根性も濁っているものの、究極の彗星としての仕上がりを迎えた事になる。




