全ての宝石達に愛を込めて(5)
「先生、もっと早くできないのかい!」
「無茶言いなさんな! これで、最高速度だわい!」
無謀にもロンバルディア中央街に勇み出るは、もうもうと煙吐く蒸気自動車。明徹なまでに従順に、既に煤まみれになっている石畳を進んでいくものの。そのボイラーの駆動音さえも忌々しいと、八つ当たり混じりでアリスが声を荒げる。
アリスが腰を下ろしているのは、蒸気自動車の助手席。そして運転をしているのは、ウィルソン医師だ。元は王立病院の研究主任ではあったが、ミュレットの直属を離れたのを機に、今はホワイトムッシュ直轄のヴランヴェルトにてチーフドクターをしている人物である。
「かぁ〜ッ! これじゃ、馬の方がよっぽど利口で早いさね!」
「それはワシも認めるが……仕方ないじゃろ。そもそも、お前さんは馬に乗れないのだし」
「……」
運転もウィルソン頼りの時点で、馬にも乗れないアリスは押し黙るしかない。そんな彼女達の後続には、これまたガフンガフンと不機嫌な音を立てながら追従する、もう1台の蒸気自動車。運転席にはヴェーラ、そして助手席にはジャック。そちらのペアは騒ぐことなく状況を静観しつつも、神妙な面持ちを崩さない。
「……いよいよ、激戦区に入るようだね。足の方、馴染みは問題なさそう?」
「あぁ、お陰様でな。しっかし、船じゃないにしても……こんな風にあんたと同乗する羽目になるなんて、思いもしなかったよ。だけど、ここまで来たら、兄貴の戦いっぷりも見届けないと気が済まないってもんで。まぁ……今回は見るだけになりそうだけどな」
「そ? いつになくしおらしいじゃないの。まぁ、いい子でいてくれるのは助かるわ」
「フン……余計なお世話だ」
いつかのエグマリヌ号では敵対する間柄だったが、相棒を失い、治療まで受けたせいもあって、今のジャックは心身共に窶れている。とてもではないが、血気盛んな女傑と口論を交わす余力もない。
「おや……あの子はもしかして?」
そうして中央街の石畳を進んでいると、屋根の上から颯爽と飛び降りてくる人影がある。シルエットからして、女性のようだが……その空気に心当たりがあるのだろう、アリスとヴェーラが同時に声を上げる。
「もしかして、キャロルかい?」
「キャロルちゃん⁉︎」
「こんばんは、皆様。突然、お邪魔して申し訳ございません。主人から預かってきたお品物がありまして。……これをウィルソン先生に、という事でしたが……」
「ワシに……グリード君から?」
ウィルソンの返事を受けて、コクンと頷くキャロル……いや、今はクリムゾン。そうして、アリスとヴェーラにも人懐っこい笑顔を見せた後、従順な様子で預かり物をウィルソンに見せる。
「これは……まさか?」
「はい。とある方からご依頼をいただいていたそうでして……オルロフ・ブラックダイヤモンドの核石です。それで、青い方が……」
「……呪いのホープ・ダイヤだよな、お嬢さん」
「えぇ、そうですが……あぁ、ジャックさんもいらしていたのですね! でしたら、こちらのブラックダイヤは……」
「そういう事か。依頼主は俺って事になっているんだろうな、その様子だと。……そうかい、そうかい。アレキサンドライトの奴、俺の戯言……きちんと聞いてくれたんだな」
同乗者の面々を改めて確認できたところで、ブラックダイヤモンドの方をジャックへ渡すクリムゾン。片や、手渡された黒い宝石を繁々と眺めた後……涙を溢すジャック。以前は発揮できなかった機能を、ここぞとばかりに流しては、人目も憚らず嗚咽を漏らし始めた。
「あぁ、お帰り……相棒。こんなんになっちまって……」
かつては自分の中で、確かに鼓動していたもう1つの命だが……今は熱を忘れて、ただただ美しいだけの宝石になってしまっている。それでも……どんなに変わり果てようとも、どんなに無機質であろうとも。交わした約束は変わりやしないと、ジャックは1つの提案を思いつくと、そのまま自分を心配そうに見つめているクリムゾンに質問を投げる。
「なぁ、お嬢ちゃん。そう言や、お前さんの店は宝飾店だったっけ?」
「えぇ、そうですわ」
「だったら……こいつをペンダントとかブレスレットとかに仕立ててもらうことはできるかい? ……それを身につけて、旅に出たくてね。こいつと一緒に、色んな空を見に行くんだ」
「もちろん、喜んでオーダーをお受けします。ですので……」
「あぁ、そうだった。……あの戦いが終わってから、になりそうだよな」
思わぬ所で発生した商談に喜ぶのは、まだ早い。クリムゾンが視線で示す先には、いよいよ夜空を焦がす光を放ち始めた竜神が、ひらりと空へ舞い上がる所だった。だが……どうも、様子がおかしい。
「いかん……あれは、間違いなく最終退化を起こし始めておる。しかし、報告ではアルティメットは不完全だと聞いていたし……ここに最有力の核石がある以上、あやつは完成できない気がするが……」
そう、グリードが貴重なダイヤモンドの核石をアレンから取り上げ、クリムゾンに託したのは、純粋にアルティメットの完成を防ぐ意味を持っていた。そして……アレンもまた、程よく不完全なままのアルティメットの方が制御しやすいと踏んで、素直に手放しただけだったりする。
「いや……あれはそうじゃないよ、先生。……私達が詰められていた研究所では、複数核を融合させる実験もしていたんだけど……それとは別に、異なる鉱物グループの宝石をくっつける実験もやっていた。だけど……」
「それは不可能でしょう、アリス。鉱物グループが異なる核石を融合させたら、元々の核石と競合して……本来の性能を発揮できなくなるさね」
「あぁ、その通りだよ、ヴェーラ。そもそも、拒絶反応も酷かったから……カケラ相手の実験はたったの1度も成功しなかった。私達カケラが同種の核石でしか自分を補填できないのには、異なる鉱物グループを取り込むにはその数だけ、石座が必要……要するに、核石が埋まっていないブランクの心臓が必要になるんだ。だけど……」
「来訪者の心臓は本来、3つある……じゃったな。そう言えば、ジャックは確かハーフスプリットじゃったかと思うが……」
「いや、それとこれとは別だよ。……俺らだって、別に最初から心臓が2つあったわけじゃない。俺達は純粋に、制作過程で双子にならざるを得なかったのを、1つにまとめただけなんだから。……50%で分割したのには、そうしないと綺麗に100%にならないってだけで、同じグループの核石じゃないとくっつかないのは、普通のカケラと一緒さ」
だが、アルティメットはカケラではない。不完全とは言え、曲がりなりにも天空の来訪者の1体である。戦場にルサンシーが向かった時点で、彼を取り込んだ可能性もあるだろうが……竜神に対峙するシルエットは4つのまま。欠員は見られない。




