全ての宝石達に愛を込めて(4)
舞い上がる夜空を焦がせ、翼で切る空気全てに鼓動を刻め。牙を鳴らし、爪を立て、尻尾を唸らせ、咆哮から火を吹き。4体のドラゴン達は地を這う暴君の飛翔を許すまじと、苛烈なまでに集中攻撃を浴びせ続ける。
《この……脇役のクズ石共が……!》
【4体1は流石に分が悪い……! アルティメット、どうする?】
《無論、全てを屠るまで!》
【……それができないから、聞いているのだろうに……】
そんなあまりに容赦のない波状攻撃には、アルティメットとアレンも敵わない。いくら、ダイヤモンドが圧倒的な防御力を誇ると言っても、決して完璧ではないのだ。
確かに、ダイヤモンドは世界一硬い宝石であることは疑いようもない。だが、絶対に砕けないのかと言われれば、無論答えはNOだ。ダイヤモンドが優れているのは、硬度であって靭性ではない。いくら表を衝撃に強い面で揃えようとも、劈開性を内包している以上、多種多様で多方面からの攻撃に長時間耐えるのは厳しいものがあるだろう。
《朕の覇道を邪魔するな! 硬度も脆弱な貴様らなぞに、邪魔はさせぬ!》
だからこそ、アルティメットは強がるついでに焦る。このまま空を舞うことさえ叶わないのでは、いつまで経っても、地を這う惨めな邪竜のまま。太陽のように雄々しい神竜になるためには、夜空を照らす事こそが本望だろう。
【ハドウ? そんなモノ、サイショからないわ! アクヤクのイシアタマが!】
【石頭ハ違ウ気ガシマスガ……】
アルティメットを悪役だと決めつけて、正義の味方を気取るのも気分がいいとイノセントがフンスと得意げに鼻を鳴らすが。一方のラウールはイノセントはやっぱり、ちょっとズレたボケ竜神だと首を振る。それでも、みんなで正義の味方と洒落込むのも悪くないと、気を取り直しつつ。強力な助っ人のご機嫌も確認する。
【マァ、イイデショウ。コノママ、堅イダケガ取リ柄ノ石頭ヲ木ッ端微塵ニ砕クトシマショウカ! フランシス様ニ、ルサンシー様モ宜シイデスカ?】
【勿論ダトモ、ラウール君。醜悪ナ太陽ニ、無闇矢鱈ト照ラサレテハ、年寄リノ身ニモ堪エル】
【僕モ大丈夫。……同ジ呪イノダイヤモンドトシテ、見過ゴス訳ニモイカナイシ】
ダイヤモンドにコランダムに、エメラルドとアレキサンドライト。通称としての括りはあまり意味をなさないのかも知れないが、見事に5大宝石が揃い踏みした堂々たるキャストはどれも主役級の美しさ。
しかしながら、ソワレの主役は誰だって構いやしない。いや……そんな事を気にする必要なんて、最初から存在しない。それぞれの輝きには、それぞれの歴史がたっぷり詰まっている。甲乙付け難い煌めきに序列を求める事こそ、極めてナンセンス。今はただ、力を合わせて暴君を砕く事だけが、彼らが共通で演じるべき役目である。
【あぁ……そう言えば、ハーモナイズには誰彼構わず、鉱物を取り込む力があるんだっけ】
《うむ? ……どうした、小童。何か思い出したのか?》
【もし、可能であれば……の話だけど。アルティメットもそれ、できないの?】
《無茶を言うな。……相手を取り込むのは、ハーモナイズの特性ぞ。あの雌竜は愚鈍で能無しのクセに、その力があっただけで、我らの中でも特別視されていた。あぁ、なんと忌々しい》
【そっか。それじゃぁ……今まで、試したことは?】
《何が悲しくて、ハーモナイズの真似事をせねばならん。いや……待て。なるほど、そう言うことか、小童。……要するに……》
【うん、そういう事。このままじゃ、負けちゃうよ。だから……ちょっと勇気を出して、手近な相手から試してみる気はない?】
防戦一辺倒の状況においては、どんなに些細で無謀でも、ほんの僅かな打開策があれば縋りたい。そうして、内から響くパートナーの提案に、醜く口元を歪めて見せると……アレンが言わんとしたことを理解したアルティメットが器用に背中へと手をやる。そして……。
「あ、アレン様に、アルティメット様……?」
【ふふ。さっき、命を分けてあげたものね。大分回復したみたいだね、ニュアジュ。だから……そろそろ、君も僕の所に来る気はない? だって……ほら。君が作ったおもちゃはハーモナイズの力も備えていたじゃない。それに……僕は知ってるよ。君が、アレキサンドライトに憧れて、相当の無茶をしてきたってことも】
「まさか……」
【そのまさか、さ。……水晶がアレキサンドライトになることなんて、できないのにね。それなのに、君はお祖父様から譲り受けた拘束銃を独自に分解していたろ? それで……大量の苗床と一緒に、アレキサンドライトの性能も引き継ごうと躍起になっていたよね?】
何せ、君が好きだったのはアレキサンドライトの完成品だものね。彼に近づこうと必死になる君を……僕は嫌いじゃなかったんだけどな。
皮肉混じりでそんな事を言いつつ、失恋の上に実験台にされたアレンの復讐が静かに幕を開ける。
確かに彼女にも「自分を使うといい」なんて自己犠牲の精神を提示していたし、彼女の望みが叶うのであればそれでもいいと考えてもいた。だけど、アルティメットを制御する段になって、彼女は事もなげにアレンに特注の拘束具のみを渡してきたのだ。
アレンは決して馬鹿ではないし、怠惰でもない。自身を取り巻く環境を積極的に学び、知識を吸収し、状況を判断する事にも長けている。それはある意味で、賢王として必要な資質であるだろうが……賢いが故に、アレンは気づいてしまってもいたのだ。
ニュアジュが拘束具のみをアレンに渡すことによって、アレンそのものを生贄にし、自身は拘束銃によるアルティメットの支配を目論んでいたことを。しかも、ニュアジュは拘束具が拘束銃に対する抵抗力だということを忘れるまでに、基本性能を無視していた。
そう、ニュアジュはいつだって、自分に都合がいいようにしか周囲を解釈しない。そして、自分にとって都合がいいはずの世界が、自分に牙を剥くなんて想像すらしていない。アレンごと埋め込んだはずの拘束具がきちんと制御に足る能力を発揮するまでは計算通りであったが、そのアレンがここまでの自己主張をしてくるのはとんだ計算ミスである。
「やめて下さいませ、アルティメット様! 私を食べたとて、あなた様はハーモナイズと同じ性能を得ることは……」
《やってみなければ、分からんだろう? それに……朕は空腹ぞ。あれっぽっちの粗餐で、満足できると思うな》
【あぁ、言わんこっちゃない。……アルティメットのための設備を取り上げたのは失敗だったね、ニュアジュ。病院の方でダイヤモンドを増産していれば、ここで食べられなくて済んだのかも知れないのに】
「そ、それは……」
スペクトロライトが完成したところで、その輝きはダイヤモンドの足元にも及ばない。それなのに、ニュアジュは自分のためだけにエリアHの研究所を我が物として、ダイヤモンドではなくスペクトロライトの核石を増産していた。だが、その事で……強か足を掬われる羽目になろうとは。
今まさに、嬉々とニュアジュの目の前で口を開けるのは、何よりも都合の悪い想定外。誰かの命をつまみ食いすることはあっても、つまみ食いされる側になるとは夢にも思わなかった彼女にとって……最後の瞬間は、悪夢と呼び習わす程度では足りない程に、悲惨な情景でしかない。




