全ての宝石達に愛を込めて(3)
台風の目でしばし凪いだ空気で燦然の暴君に対峙するは、純白の竜神と紫色の魔竜。それぞれ火を吹き、牙を剥こうとも、相手は鉄壁のダイヤモンド。多少の引っ掻き傷を付ける事はあれど、決定打を与えるまでには至っていない。しかも、いよいよ本格的に馴染んでしまったのだろう。中身はアレンだとばかり思っていた巨竜の自我は徐々に活性化し始めていた。
【……いいよ、そうだ……その調子。僕で良ければ、全部をあげる。僕で良ければ、全部使うといい。……君の完全なる覚醒には、ハーモナイズへの抵抗力が必要だった。そして、抵抗力は僕自身。何せ、僕はカケラになることのできない、適性ゼロの役立たずだからね。でも……だからこそ、僕はこうして君と一緒にいられる。……混ざらず、溶け合わずに。それぞれ、互いに生きていられる】
《……ようよう、目覚めの時か。それはそうと……良き心がけぞ、小童。それでこそ、我らが天竜人の血筋と言うもの。朕と共に、新しい星となろうぞ!》
「アレン様、諦めてはダメです! 大丈夫です、落ち着いて。適性のないあなたであれば、馴染み切らずに完全に分離したまま、アルティメットを支配下に置けるはずですわ!」
拘束の麻痺から立ち直ったニュアジュがアレンの背中から、的外れな叱咤を与える。だが、悲痛な保護者の助言にさえも、首を振り。フフ、といつものようにアレンは自嘲の吐息を漏らすのみ。
そもそも、アレンには最初から自分が支配者になろうなんて、野望はない。ただ、この世界が嫌いだっただけだ。ただただ、醜い世界を見つめているだけの哀れな自分が嫌いだっただけ。確かに、強くなりたいと願ったこともあったろう。だが、自分が役立たずの王子のままであることを、悟った時。アレンは自分は主役ではなく、脇役であることをすんなりと理解した。
だからこそ、アレンには分かっていたのだ。ニュアジュの計画は最初から、失敗する……と。アルティメットの目的を見誤っていただけでなく、アレンの本意さえも勘違いしていたのだから。
今のアレンが欲しいのは、強さではない。力強い虎を従える権能でもなければ、自ら輝くための肉体でもない。ただ……自分を嫌い、自分が嫌いな世界を綺麗さっぱり清めたい。……ただひたすら、それだけだ。
【……ねぇ、聞いて、ニュアジュ。僕は……ね。ただ、僕を愛してくれる人を守るだけの強さが欲しかっただけさ。でも……僕は結局、自分の力だけでは何もできない卑怯者だった。そして、僕を卑怯者たらしめる、この王国そのものに嫌気が差していた。……だから、目標は違えど、このままアルティメットに全部あげてもいいと思うんだ。……アルティメットの最終目標を達成するついでに、この醜いロンバルディアを壊してくれればいいんだから】
「だ、ダメです! そんな事をしたら……!」
【自分が1番にはなれなくなっちゃう……かな? ……大丈夫さ、ニュアジュ。君はどう頑張っても1番にはなれないよ。僕も君も、最初から脇役でしかないんだもの。だから、僕と一緒に脇役は脇役らしく、主役の輝きを分けてもらおうよ。……この世界の新しい主役・アルティメットの側で……さ】
「そんな……!」
お前は主役ではない、脇役だ。
そうはっきり明言されて、アレンの背中の上で項垂れるニュアジュ。一方、ラウールとイノセントにしてみれば、脇役の傷心などどうでもいい。今問題にすべきは、敵役をいかに舞台から引き摺り下ろすかであって、誰が主役かはさしたる問題ではない。
【……ラウール、まだイけるか?】
【ココハ行ケルトイウ答エ以外、アリ得ナイノデハ?】
【そうか。……それもそうだな】
膠着状態が続く中で、アルティメットの覚醒ともなれば、今以上に激しい応酬が予測される。だが、イノセントはともかく、ラウールは生粋な来訪者ではない。退化の時間が長引けば、核石に飲み込まれて元の姿に戻れなくなる可能性も出てくる。いくら、お守りを口に放ったとて……今まで通りに暮らしていけるかは、保証されない。
【シカシ、コレハ参リマシタネ。……コチラノ攻撃ハ、決定打ニナラナイ】
【ホノオもキかぬ、カクイシをエグりダすコトもカナわず。だが……やるしかないか……!】
【……セメテ、俺モ火ヲ吹ケレバ良カッタノデショウケド】
魔竜の姿でも、器用に嘲笑を漏らしながら肩を揺らすラウール。そうして、ガチッと改めて牙を鳴らすと、輝きを増したアルティメットに向き直るが……。
【……⁉︎】
しかし、そのアルティメットの尻尾を咥え、何者かが敵役を舞台から叩き落とそうとしているのが目に入る。いつの間にやってきたのかは知らないが、アルティメットに牙を立てている時点で……救援のようだが……。
【マサカ、アノ姿ハ……フランシス様?】
【フランシス……あぁ! エメラルドの!】
【ウム、イカニモ。オ陰様デ、コノ通リ回復シタノデナ。……微力ナガラ、助太刀ニ来タノダヨ】
フランシスと思われるエメラルドグリーンのドラゴンの襲撃に、堪らず空中でバランスを崩すアルティメット。しかし、彼を襲うのは緑色の猛襲だけではない。今度は真紅の王冠を叩き落とすかのように、同じ煌めきを放つ魔竜の尻尾が強かアルティメットの頭を打ち据える。
【遅クナッテ、ゴメンヨ。ラウール君ニ、イノセントチャン。チョット、準備ニ手間取ッチャッテ】
【……そのコエ、ルーか?】
いよいよアルティメットを叩き落とすと、白銀の魔竜が朗らかに応じて見せる。そうして、不意打ちでしかない奇襲を受けて、暴君は忌々しげに夜空を見上げるが。三日月の逆光を浴びて……同じように凶暴な顔つきをした4体のドラゴンは、恐れ多いはずの究極の彗星を睨み返していた。




