牙研ぐダイヤモンド(29)
「クク……まぁ、いいでしょう。この辺で1つ、あなたのお馬鹿さん加減を徹底的に知らしめるのも、一興です」
相棒に諌められ、自分が見事にダダ滑りしたのも受け流し。ここは1つ、更に滑稽なうつけ者を仕上げて、自身の失態を揉み消そうかと……未だに腹痛治らないグリードが、哀れなニュアジュに種明かしをして見せる。
「あいにくと、ヴァン様は解放済みなのですよ。彼の首根っこは、俺が揉み解した後なのです」
「解放済み……ですって? そんな、馬鹿な! ベリーバインドに解除機能はないはずよ!」
「別に解除せずとも、機能を停止してやればいいだけのこと。それに……あなただって、俺の性能はよくご存知だったはずですよ? ……鉱石を自分が都合の良いように、作り替えて、武器として振るうことができる事を。どうやら、その付随効果として……作り替えた相手をいい意味で支配下に置くことができる、要するに他の制限を強制解除することができるようでして。……イノセントが最後まで束縛を受け付けなかったのも、ヴァン様が自由を取り戻したのも……全て、ハーモナイズの優位性によるものです」
「……!」
最近になって判明したことだったが……グリードの「武器を生み出す性能」は後付けではあっても、「作り替える性能」は潜在的なものだった。そして、その潜在的な性能の根源はハーモナイズの特殊能力由来であり、元を辿れば「取り込むために都合よく形を変えた同胞」と共に銀河へ解放される望みを断片的であろうとも、具現化することに他ならない。そして……ハーモナイズは命の残滓を間違いなく取り込めるよう、全ての同胞に対して絶対的な支配権を持ち得ていた。
「……う、嘘よ……! お前みたいな若造にそんな優位性があるなんて、誰が信じるものですか! 私は原初のカケラの1人なのです! あなた達のような未熟者に遅れを取るなど、あり得ませんわ!」
「ハァァ……そう、ですか。何と申しますか。何かに凝り固まったお年寄りと言うのは、晒す恥も面白い程に同じなんですねぇ……」
枯れた白薔薇茂る、夢の跡地で対峙したジャバヴォックが吐いた台詞と醜態を思い出しては。やれやれと首を振るグリード。そうして、やっぱり同じように侮蔑の言葉をくれてやる。
「いいですか? あなたみたいな存在を、世間様では老害と言うみたいですよ? 歳を取ることがイコール、偉くなる事ではありません。年長だからと、周囲を意味もなく見下していい訳ではありません。歳を重ねたからと、周囲から無作為に搾取していいハズはないでしょうが。……周囲はただ歳を食っただけのあなたを支えるために存在している訳ではないのですよ。その辺を全くもって理解していないのが、本当に残念ですよね……先生?」
「なにを……小賢しい! であれば、もう……」
「そうですね。もうそろそろ、表舞台から降板していただいていいですか、先生。……本当に、つくづく哀れですね。最初から最後まで……あなたは脇役でしかなかったのに」
対話の終着を待たないまま、双方同時に拘束銃を発砲する。だが……下手に改良したのが、却ってよくなかったのだろう。ハーモナイズの性能に不純物を加えた改良版よりも、純度の高いハーモナイズの性能を備えたオリジナルの拘束銃の方が、ここでも優位性を持ち得ていた。
「キャァッッ⁉︎ う、嘘よ……私が、こんな所で……」
終わるものですか。
そう言いかけた所で……猿轡を噛まされたニュアジュの口は使い物にならなくなった。
それでなくても……自身が放った新型の拘束は、旧型の拘束に飲み込まれて丸ごと跳ね返された格好だ。完成品を気取る虹色の淑女であれば、ある程……皮肉にも、拘束の効力は強まる一方である。
「あなたはここで終わりですよ、間違いなく。全く……組織に与していたのなら、ご存知でしたでしょうに。忘れたんですか? 白髭支給のアディショナルが拘束を防ぐものだって事も」
「……!」
そんな重要な事さえ、忘れていたなんて。いや……違うか。ニュアジュは忘れていたのではなく、純粋に侮っていただけだ。今まで生き延びてきたという自負と、原初のカケラであるという傲慢と。そんな自身のあからさまな、間抜けさと落ち度に足を掬われたと言うのなら。皮肉でも、嫌味でもなく……彼女は耄碌していると言わざるを得ない。
「……何というか、こいつ……本当に救いようがないな?」
「そう言わないで、ハールちゃん。……僕はその救いようがないお方に、いい様にされていたんだから」
「僕はとにかく、ヴァン兄が無事なら、なんでもいいや……」
「そっか。ふふ……本当にルナールは寂しがり屋なんだから」
「さ、寂しがり屋なんかじゃ、ないやい!」
グリードとクリムゾンの背後で、やいやいとヴァンとルナールが戯れている。場違いにも穏やかな喧騒を背中で受け止めて、グリードは少しばかり安堵の息を吐くが。……その束の間の安心も、突如として荒れ狂う怒号にかき消される。
「……! どうやら……あちらの荒神はまだ、舞台に居残る事を諦めていないようですね……?」
「その様ですわね。ですけど、あの様子は……もしかして!」
「……アレン様、取り込まれて……あぁ、いや。これは……逆ですか……?」
見れば、アルティメットの喉元が不自然に膨れており、彼が苦況で咽び鳴く度にドクンドクンと不気味に波打つ。だが、次の瞬間に降ってきた声は先程までの偉そうなアルティメットのお言葉ではなかった。
【ふふふふ……あははははは! ついに……ついに僕は、こちら側になったんだ! ふふ……さ、ニュアジュ……行こうか、この世界を従えに】
「……! あ、あ……れ……」
【おや……声を出せなくなっちゃったの、ニュアジュ。……あぁ、そうか。グリード君にしてやられたんだね】
従者の状況をすぐさま理解した王子様は、優しげな手つきでニュアジュを掬い上げる。そうして、自身の背に乗せると……最後の最後に恐ろしい事を言いながら、翼を広げ始めた。
【グリード君、君は本当に素敵な虎だよね。……僕は、ね。君みたいな美しい猛獣が欲しかったんだ。だから、君達は残してあげるよ。……この世界に、醜い人間はいらない。僕は僕の望むように……綺麗なものだけで、この世界を満たしたいんだ。……醜悪な父上も、腐敗だらけの貴族もいらない。……欲しいのは、僕を愛してくれる家族だけ、さ】
「それはそれは……随分と耽美なご趣味ですね。あなたはアルティメットの力を使って、つまらない箱庭でも作るおつもりですか?」
【あぁ、いいね。箱庭……か。ふふ。そうだね。……僕みたいな奴には箱庭くらいが丁度いいのかもね】
相変わらず、アレンは自分自身に確固たる自信を持てないでいる。それでも……究極の彗星そのものを制御下に置き、コントロールを奪った現実を握りしめ。彼は理想の世界を作ろうと、灰色の空間を破って夜空へ羽化していった。
【おまけ・ダイヤモンドについて】
言わずと知れた、最も硬く、最も有名な宝石・ダイヤモンド。
モース硬度は10とされていますが、表記上「仕方なく10」であるだけで、実際には硬度9のコランダム(ルビー/サファイア)よりも数倍硬いとされています。
しかしながら、一定の劈開性を持ち、硬い宝石ながらも衝撃で割れることがあるので、丁重に扱うに越したことはありません。
永遠の輝きという言葉に代弁されるように、揺るぎない地位に君臨するダイヤモンドは、宝石市場でも至高の存在。
どんなに小さなルースでも、カット次第で余すことなく美しい煌めきを見せてくれます。
その鮮烈な輝きは、主に屈折率の高さによるものですが……カット次第では、折角の美しさが損なわれてしまうことも。
いくら素材が良くとも、扱う手によっては輝きが変わるのは、宝石も人間も変わらないようです。
【参考作品】
特になし。
尚、次のエピソードが実質の最終話部分になります。




