ヒースフォート城のモルガナイト(9)
ホテルには展示場も併設されているとのことで、淡い期待を胸に足を運んでみると……貴重なはずの資料の無防備な状態につい、呆れてしまう。展示室のコンセプトとしては、ホテルの前身でもあるこの城の歴史を後世に伝えるため、ということらしいが。目の前の光景は、それが本当の目的ではない事を如実に物語っていた。
(あぁ、あぁ……。何でしょうね、この悲惨な状況は……)
土産物が並ぶ陳列棚の方が場所を取っているのを見る限り、歴史云々の方がどう頑張ってもオマケらしい。仕方なしに、土産物に群がる観光客を避けながらようやく奥の展示スペースに辿り着く。ガヤガヤと落ち着きないこと極まりない状況に苦い思いをしながらも、仕切り直しとばかりに……目の前に架かっている、ジェイの絵画コレクションをマジマジと見つめ始めるラウール。その中で……どう頑張ってもコレクションとしてはオマケとしか思えない、1枚の絵が目に入った。
(……ハイデの肖像……)
生涯独身だったというジェイのコレクションには、到底似つかわしくない婦人画でしかないが……絵の中の彼女が抱いている花を認めて、なるほどと唸る。彼女がその腕にたわわに抱いているのは、紛れもないハイデ……別名をヒース、あの庭に咲くエリカでしかない。だとすると、ハイデという名前自体が、彼女の通称名なのかもしれない。
なぜならサイモン然り、ジェイ然り。彼らの時代は女性の個人名は、ほぼ歴史上には残らない。故に、ハイデという名前は彼女自身の名前ではない可能性も高い。他の絵画を見れば、この城の風景であったり、庭園であったり。……おそらく、画家を呼び寄せてこの城で描かせたものなのだろう。しかし一方で、ジェイ本人の肖像画さえない状況は……明らかに人物画を避けているようにも思える。
そんな不自然な絵画のラインナップに、毎晩夜会を開いていたという割には、ジェイは人嫌いだったのではないかと……勘ぐってしまうのも、無理はないだろう。
(しかも、この彼女の瞳は……もしかして……?)
絵の中からこちらを見つめ返す、柔らかな微笑。緩やかにカーブしたプラチナブロンドに、穏やかな色味を称えた薄い桃色の瞳。その状態自体は絵画自体の経年劣化と、最初は思っていたが……どうも瞳部分は他の箇所に比較しても、若干ひび割れているようにも見える。
(まぁ、その辺りの確証はありません。とにかく、ジェイの足跡を辿る方が先です)
明日は資料室に足を運ぶとしよう。そんな事を考えながら、観光客の波は意外と役に立つと考えを改める。今回邪魔が入らなかったのは、彼らが防波堤になってくれたおかげだろう。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中。……自分もまた、どこまでも1人の観光客でしかない事を自覚すると、混雑や喧騒もそこまで悪くはないと思い始めるラウールであった。




