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牙研ぐダイヤモンド(25)

 ()()()は一体、なんなのかしら?

 ドサクサに紛れて、死地を脱したのはいいものの。エリーメルダは自分の醜い姿を棚に上げ、世にも恐ろしい魔竜達の小競り合いを思い出しては身震いしていた。そうして、仕方なしに自前の神経でカビ臭い通路を彷徨うものの。……鬱屈とした景色は明るくなる兆しさえ、ない。


「あぁ、いやだ、いやだ。どうして、私がこのような目に遭わなければならないのかしら? とにかく、今は……()()()()()を探さないと……」


 エリーメルダは体の元の持ち主……ギュスターヴよりも、自身の()()()()()をよく理解している。それは有り体に言えば、捕食者側の理論に基づく経験則であり、奪う側の理屈でしかないのだが。しかして、彼も享受していた「肉体的な自由」はビスマスという色彩豊かな卑金属の柔軟性と、楔石……スフェーンの作用による神経と肉体との癒着である事を、エリーメルダは熟知していた。

 彼女を「こんな風にした」アダムズ・ワーズは楔石の特殊な性能に着目し、スフェーンを核石として利用するのではなく、石座として利用することで「繋ぎ」代わりにしていた。その結果、適性がない者にも核石を馴染ませる事ができ、更に性能を飛躍的に高めることにも成功していたが……ここには1つ、大きな制約が転がっている。スフェーンの石座に乗せる核石が苗床から生み出された物だった場合、核石自体の意思が幅を利かせては、通常の核石よりもより貪欲に体の持ち主を乗っ取ろうとするのだ。そして、埋め込まれた寄生木(ヤドリギ)の種は対象の心臓を掌握し、血液を媒体として芽吹き、宿主そのものを()()()()支配しようとする。

 それは、まるで……苗床自身がされてきた「苦痛」を再現するかの如く。蝕まれ、奪われていく側だった者が、蝕み、奪う側へと転身しただけの負の連鎖に過ぎない。だからこそ、エリーメルダは知っているのだ。……奪われる側に対して、奪う側がどんなことをするのかを。そして、その仕組みを強制的に発生させているのが、スフェーンという名の()()()()()()()()であった事を。


「あら……? 貴方はどちら様かしら? ……こんな所にいるなんて、マトモではなさそうですけれど」

「……」


 スフェーンのあらましについて、皮肉まじりで考えながら。トボトボと薄暗い地下道を行くエリーメルダ。そうして首無しのままでは格好がつかぬと、新しい宿主を探す彼女の前に現れたのは……のっぺりとした奇妙な面をした男だった。言葉も無ければ、明確な意識も感じないが。朧げな足取りながらも、ジワリジワリとこちらににじり寄ってくる。


「……不気味ですわね。貴方、名前くらい名乗ったらどうなの?」


 不気味なのは自分も変わらないだろうに。それに、彼女側も名乗っていないし、不審者であるのも大差ない。それでも、自分が中心の素敵な世界に生息するエリーメルダが、そんな事に気づくはずもなく。一方で、エリーメルダが1人で騒いでいる間も、男はジリジリと寄ってくる事を止めようとしない。そして……。


「……⁉︎」


 クワッと仮面の下で、何かが牙を剥く音が確かに聞こえる。その効果音と共に目前まで迫った男の仮面が、自分とお揃いの「首無し」であることに、エリーメルダは底知れない恐怖を覚える。そう、エリーメルダは気づくのが遅すぎたのだ。相手もまた、自分に都合のいい世界へ逃げ込んだ臆病者であるという事と……ご主人(相棒)を失ったが故に、自分の行く道を見定められないのだという事に。


「この……! いい加減になさい! 私を誰だと思っているの! 名家・グリクァルツの女主人でしてよ!」


 既にない権威を盾に絶叫しては、エリーメルダが堪らず男を突き飛ばす。そうされて、力なくよろめく不気味な男だったが……運悪くちょっとした衝撃で、()()()()()()が吹き返したらしい。今の攻撃を()()だと判じた様子で、意外と頑強らしい足で体制を整えたかと思えば……メキリメキリと形を変えていく。


「な……なんですの、貴方は……?」


 どうやら先程の獰猛な効果音は、男自身が発したものではなかったらしい。暗がりの中でさえハッキリと映る、首を括る一筋の燐光。既に癒着しているらしい仮面が代わりに嘶いては、お返しとばかりに()()()で突進してくる。


「ギャッ⁉︎ ちょ、ちょっと、お待ちになって。私は、別に……」

「フシュ、ルルルル……! お前、首……ない。そうか、とうとう……私に死を運びに来たのだな……?」

「いいえ、そういう訳ではないのですけど……」


 突き飛ばしたついでに、既に人の形をしていない男がようやく人の言葉を喋るものの。残念なことに、ロンバルディア生まれのエリーメルダはスコルティアのお伽噺には明るくない。彼女には、4つ足でいよいよ蹄を鳴らしている男の言葉が何を示しているのかも、何を望んでいるのかも分からないが。片や、首無し馬の方はエリーメルダの返事に、少しばかり安心した様子。自分を殺しに来た訳ではないという安堵からか、ヘンテコな提案をし始める。


「……私は、どこに行けばいいのか、分からない。ただ、暗い場所でしか……生きられない。明るい場所に出ることもできない。だが……話し相手は欲しい」

「……はい?」

「その声からするに……そなたは女性なのだろう? ……ふむ。背に乗せるのは、女騎士も悪くないな」

「いや、だから……何がですの?」


 ……要するに、だ。この首無し暗黒馬は、暗闇の中でしか生きられない割には寂しがり屋だということであり、意外とロマンチストであるという事である。仮面に()()()()()()()()()()()を顕現化したと同時に、強烈に何かに妄執している。


「フシュルルル……コシュタ・バワーはコシュタ・バワーらしく、主人を乗せるのみ……。相棒を失った私には、手綱を握る相手が必要だ。……そなたなら、我が背にもお誂え向きと言うもの」

「は、はぁ……って、ちょっと、何を勝手に決めていらっしゃるの⁉︎ 私は嫌よ! こんな不気味な獣の相棒になるなんて!」

「ほぅ……そうか? だったら……」


 首はなくとも、カツンカツンとわざとらしく鳴らされる蹄に怒気を仕込まれれば。イヤでも、神経が縮むというもの。それでなくても、立派な体躯から繰り出される体当たりは強烈である。たまたまエリーメルダの体が()()()()()()()、助かったものの。……生身の人間であったのなら、その衝撃で内臓という内臓が破裂していたことだろう。


「分かりましたわ……分かりましてよ! 背中に乗ってやればよろしいのですね⁉︎」

「分かればいい。あぁ、そうそう。私はファントムと呼ばれていたらしい。……ふむ、いかにもな名前であろう?」

「そ、そうね……」


 どこから捻り出しているのか分からない掠れ声で、ファントムと名乗った首無し馬が嬉しそうに思い出話を語り出す。しかし、その譫言は……意識が混濁しているのか、はたまた、妄想しているだけなのか。どこまでも現実離れしていて、果てしなく曖昧で朧げだった。

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